講義の途中で、彼が、
着ていた濃紺のPコートを脱いだ。
えんじ色のセーター姿になった時、
彼の均整の取れた上半身が目に飛び込んできた。
正面から見た時にはわからなかったが、
ものすごく胸板が厚い。
ただのスレンダーではなく、
均整のとれたボディーの持ち主だということが、
背中の筋肉の付き方でも窺えた。
ヤン教授の講義は、
いつ聞いても興味引かれるものだった。
ただ、今回は、目の前に、
それ以上に興味引かれる存在がいたので、
集中できたのは70%くらいかな。
それでも、講義が終了に近づくころには、
気になる彼の存在も忘れ、教授の話に吸い込まれていた。
講義終了のチャイムがなった時、初めて、90分の講義時間が
経過してしまっていたことに気が付いたほどだった。
「じゃ、今日はここまで。」
教授が、講義終了の言葉を口にすると、
学生たちが一斉にばらばらと立ち上がり、
教室を出て行き始めた。
ジェジュンは、ヤン教授のいる教壇のところまで降りて行き、
学生からの質問を受けている教授を待った。
2人揃って教室を出ると、
講義棟の出口に向かって歩きだした。
すると…、
廊下の5メートルほど先に、女子学生の輪ができていた。
その中心に、1人の背の高い男性が立っていた。
…さっきの…男子学生だ!
女子学生に囲まれて、
特に嬉しそうな表情でもないし、
かと言って困った表情でもない。
口元に微かな微笑みを浮かべて、
女子学生の相手をしている。
ジェジュンは、ココはホントに大学か?
女の子たちがアイドルの出待ちをしている
TV局の前みたいじゃないか…!と、
内心、あっけに取られながら、
その女子学生の固まりの横を通り過ぎようとした。
その時、ゆっくり顔を上げた彼と、目が合った。
今度は、彼はすぐに視線を外すことなく、
ジェジュンをじっと見た。
ジェジュンも、
彼の前を通り過ぎる間、彼を見つめた。
女子学生の集団の横を通り過ぎても、
ジェジュンはしばらく黙っていた。
彼の視線が今も絡んでいるみたいに思えて、
緊張していたためだ。
「すごいだろ、彼。」
「えっ?」
「さっきの、女子学生に囲まれていた学生のことだよ。」
「…あ、あぁ~…」
ジェジュンは、思わずドキリとした。
自分が、今、彼のことを考えていたことを
ヤン教授に見抜かれてしまったのかと思って、
少し焦ったからだ。
「…あの容姿ですからね。
背も高いし、顔もいい。
女子には人気でしょう。」
自分が彼に興味があることを悟られないように、
さっきまで自分が観察していたことは言わずに、
しごく当然の、一般的な感想を考え、
平静を装いながら口にする。
ジェジュンの心配をよそに、
ヤン教授は、にこにこ笑いながら、
自分の学生の自慢を始めた。
「ああ、すごい人気だよ。
おまけに、顔だけじゃない。成績も優秀だよ。
法学部でトップらしい。
その上、礼儀正しい。
あ~あ、神は不公平だねぇ。
僕みたいな7頭身の薄禿げ男と、
ユノ君みたいな青年を
同じ世界に住まわせるんだから。」
「礼儀正しい?
でも、今日は、講義に遅れて来てたでしょ?」
ジェジュンは、眉を寄せ、首を傾げながら、
楽しそうなヤン教授の顔を見つめて、疑問を口にする。
「ああ、彼は、いつも5分ほど遅れて教室に入ってくるんだよ。
開始前に教室に行くと、さっきみたいな状況になっちゃって、
女子学生が落ちつかないから、って。
迷惑をかけるかもしれないって、
ちゃんと事前に詫びにきたんだよ。
いや~、感心したねー。
それで、講義終了前に教室を出ることにしてるんだけど、
今日は出遅れちゃったようだね。
案の定、女子に取り囲まれちゃってただろ。」
「へぇ~。芸能人みたいですね。」
「ああ、そうなんだよ。
実は、彼は、2年前まで、モデルをしてたらしいよ。
かなりの人気だったらしい。
いろんなコレクションから誘いが来てて、
引っ張りだこだったみたいだ。」
「えっ。モデル?
でも、そんなに有名なら、いくら芸能音痴のオレでも
知ってるんじゃないですか?」
「ああ、彼はね~、
パリコレとかミラノとか、こう歩いて服を見せてく方の
モデルの方だったらしいよ。
だから、普通の雑誌には、そんなには載ってなかっただろうね。
テレビにも出ないだろうしね。」
「ああ、なるほど…。そっちのモデルですか…。
うん、納得ですね。」
彼の美しいまでの立ち姿を思い出して、腑に落ちた気がした。
つづく
(画像はお借りしています)