「…銀時さま!?

「しっ。定春が目を覚ましちまうって…」

彼女の唇にそっと人差し指をあて、静かにするように言うと、嬉しそうに銀時は彼女のカラダをぐっと自分の胸の方に引き寄せた。

「今、ちょうど松平のとっつあんに俺たちのことを話した日のことを思い出してた。あんときゃ、いろいろ面倒かけたなァ。俺もひやひやのしっぱなしで生きた心地がしなかったぜェ」

「…でも定春のおかげで、わたしたちおつきあいを許していただけたんですよね?ふふ」

「…んー、いぃや?ちょっとちがうよ?黙ってたけど、ちょっとちがうのよゥ。おつきあいじゃねェよ?とっつあん、仲人やってくれるってよ?」

「…え?仲人って…?」

「だーかーらァ!俺とおまえの結婚式の!」


そこまで言うと、銀時の顔が一気に赤らむ。

「くっそ、照れるわァ。なんか順序が逆かもしんねェけど、銀さんからの一生のお願いです。

甲斐性なしで苦労かけっかもしんないけど、哀しい思いは絶対ェさせねから、俺のお嫁さんになってくださいッ!」

そう言うと、恥ずかしさが頂点に達した銀時は、たまらず彼女を抱きしめる。恥ずかしさと緊張で心臓がバクバクいっている。

「…こちらこそふつつかものですが、すえながくよろしゅうお頼み申します」

小さな小さな声で、けれどはっきりと彼女の返事が銀時の耳に届いた。

「あーもう、定春さえいなけりゃ…」

「いなけりゃ?」

「あんなこととか、こんなこととかたっくさんできるのにィ!でも、ま、いっかァ。あー銀さん、ほんっとに幸せだわ、まじで!」

そう言いながら、胸の中に抱いていた彼女の顔のおとがいに手を当てて上を向かせる。

「俺、今日のこと絶対忘れないわ。おまえが出してくれた特製苺ミルクの味…そして、結婚してくれるって言ったおまえの顔…」

そう言って銀時は、唇をそっと彼女の唇に重ねる。

やさしく何度もお互いを確かめるようなキスが続く。何度目かのキスのあと彼女が笑って言った。

「銀時さまは、おいしい苺味がします」

「なになに?俺がァ?ちょっとちょっとォ、恋人同士のあまあまトークってやつですかァ」

ふたりでくすくす笑いあい、また何度もやさしいキスを交わす。


銀時の膝に抱きかかえられたまま、大きなあたたかい胸にもたれてぽつり、彼女が言った。

「今すぐでなくてもかまいません。いつか、銀時さまの話したくなった時に話してください。菜の花のお寺に眠っている方のことを…」

「…え?なんで、知ってんの?」

「あの日、朝早くに出かけていった銀時さまがもう二度と帰ってこないような気がして、不安で不安で、ついお登勢さまに相談してしまいました。そうしたら、お登勢さまもよくは知らないけどね、とのことで銀時さまの亡くなったおさななじみの方のことをお話してくださいました」

「まじですか…」

「わたし、ものすごくやきもちをやきました。死んだ方にはかなわないって、泣きそうにもなりました。でも、やっぱり銀時さまが好きでたまらなくて。いろんなこと全部をひっくるめて銀時さまのことを好きなんだ、って改めて思いました。もう大大大大好きです、銀時さま!」

こいつ、可愛すぎるわ!と銀時が膝の上でぎゅうっとちからまかせに彼女をだきしめる。

「このさァ、特性苺ミルクさァ、俺たちの…そのなんだ、あれだよ、あれ…。未来のォ、俺たちのこども?そんなやつらにィ、じいさまの味だってたらふく喰わしてやろうな?」

「きっと、こどもたちはみーんな銀時さまそっくりです、きっと。髪の毛がふわっふわの、くるっくるで、ちょっと目つきがこんな感じの…。でもどの子も、きっと可愛い子ばっかりかと!」

「おいおい、今、こどもたちって言ったァ?たちィ?うわ、銀さんがんばんなきゃ!」

「わたくし、ひとりっこだったから兄弟!とか、姉妹!が夢で…だめでしょうか?」

「ん~、ん~、ま、がんばりましょ!銀さんが気合いれっから!ついでにも少し気合こめて、おめェのおなかン中にいる間に天パーはぜーんぶさらっさらのストレートにしてやりてェな、そこんとこは!」

「さらっさらのストレートより、くるっくるのふわっふわの方が可愛いですよ?」

「いや、あのね、俺の夢なのよ、さらっさらのストレートの髪って…」

いつのまにか目をさましていた定春が、ふたりの様子をちらりと見ながら大きくあくびをする。

午後も夕闇の頃に変わり、茜と紫に彩られた夕空には小さな月がぽかりと浮かんでいる。


★おしまい★

松平公が、ふぅーっと大きな息を吐く。かなわねェなァ、おいィと言いながらどこか嬉しそうに

も見える様子で、銀時に言う。

「おめェたちの、好きなようにするこった…」

そこまではらづもりができてんなら、もうおじさんから言うこたァねェよ…と小声で言う松平

公。

「ただし、きちんとけじめだけはつけやがれィ。仲人はおじさんがやってやるからにしてェ」

そう言い捨てて、松平公はざばぁっと湯船からあがり、のしのしと大股で湯殿を出て脱衣場に向

かう。

「そうとなったら、別の打ち合わせがあるだろゥがよゥ!

いつまでのん気に風呂につかってやがんだよゥ、とっととあがってこいィ!」

いや、とっつぁんがあがった時の返り湯で、俺もうびしょびしょなんですけどォ?と文句を言い

ながら、照れ隠しのように頭をかきながら嬉しそうに湯船を出る銀時。

「おゥい、おじさんのおごりだァ!フルーツ牛乳とコーヒー牛乳どっちにするゥ?」

脱衣場から、でかい声で風呂上りの飲み物は何がいいかと聞いてくる松平公。

「ちょ、ちょ、ちょい待ちっ!そこは絶対いちご牛乳に決まってるでしょうがッ!」

フルーツ牛乳の壜を手に、脇にはお風呂セットと着替えた衣類の包みを抱え万事屋に向かう松平公と銀時。

「なんでフルーツ?風呂上りはきーんと冷えたいちご牛乳でしょうが…」

「…るせェな。たまに別の味を飲んでみて、なじんだ味のよさを改めて認識するってこともあるだろうがァ。女と同じだよゥ…」

「なにそれ?人生、こんなもんだよ的なァ?格言?格言的なものォ?」

銀時のつっこみに軽く苦笑したっきり、黙って歩く松平公。

「なあ、坂田の」

「ああ?なんだよ」

「まあ、いろいろ頼むわ」

「ああ」

「ああ見えて、あのこおっかねェよ?」

「ああ、知ってる」

「たいがいの女はすべからく魔物だからにしてェ、怖いよゥ」

「…わかってる」

その後、万事屋に立ち寄り、よだれまみれからきれいになった制服を受け取り、松平公は帰っていった…

コトリ。

事務机から移動し、ソファーにねっころがっている銀時の前にガラスの器に盛ったなにかが置かれた。

「…ん~?」

身を起こし、テーブルに置いてあるものを凝視する銀時。

「苺か…」

「練乳がけ苺ミルクです、銀時さま」

お盆を持ったまま、彼女が微笑む。

「父が大好きだった特別仕様の苺ミルクなんです。

普通は苺を牛乳の中でつぶすだけなのですが、このスペシャルバージョンはその上に練乳をかけるという大技を使ったもので、我が家では“隠し玉”扱いされてました」

「おお!苺とミルクの上にさらに練乳とな!たまんないねェ!早速、いただくとしますかァ」

匙で苺をすくい、あまみを味わうように口の中で転がす銀時。

「…うめェ。風呂あがりのいちごミルクと同じくらい、うめェ!」

「お気に召しましたか?」

口いっぱいに練乳がけ苺ミルクを頬張りながら、銀時はうなずく。そしてあっという間にたいらげると、器を片づけようとした彼女を脇から抱きかかえ、自分の膝の上にのせた。


つづく→★★★★★

「…おじさま?おじさま、大丈夫?」

どこか変なところをかじられたでもしたか、と心配する彼女に向かって鷹揚に手をふってなんでもないことを示すと、てろてろの松平公が笑いながら銀時に言う。

「おゥ、坂田の。もうこうなっちゃ、ひとっ風呂でもあびなきゃ、おさまらめェよ。

悪ィがちょいと風呂屋につきあってくんねェか?」

ふん、と言いながらてろてろの松平公に手を貸し、助け起こしながら銀時が彼女に言う。

「悪ィが、俺の使い古しのひとえと下着一式出してやってくれっかなァ?ちょっとこのおバカなとっつあんと、銭湯に行ってくっからよ。

話をするもなにも、こうてろてろしてちゃ、どうもこうもできやしねェよ?」

はい、いますぐに!と元気よく返事し、彼女がちゃきちゃきと松平公と銀時の着替えやらなんや

らのお風呂セットを用意し始める。「あーまいった、まいったァ!」とずっと笑い続けている松

平公を、憮然とした表情で見下ろす定春。

定春の鼻っ面をおさえながら、本気ともつかぬ感じで

「よう、定春!おめェ、お口のなかになんか違和感残ってないんですかァ?

ちゃんとペッしなさい、ペッ!うちにはおっさん臭のする犬なんて必要ないからねェ?」

と、話しかける銀時。

「あーもう、おじさん吃驚仰天しちゃったからにしてェ…」笑い声は、止まらない。

昼間の銭湯はまだ入浴者が少なく、広々としていて気持ちがいい。窓越しに薄く明るい陽射しが

射し込んでいるのも、贅沢な時間を独り占めしている感じがして乙なものだ。

「…ぅいいいいいい…」

湯船にカラダをゆっくりと沈めた松平公が、きもちよさに思わず声をもらす。

先に湯船につかっていた銀時は

「やれやれ、おっさん度全開だよゥ?なに今の?もうおっさん以外の何者でもないよ?」

と、ぶちぶちと文句をたれる。

「つべこべ言うんじゃねェ。いずれおめェもこんな声を平気で出すようになるんだ。

あと、うめェ味噌汁のんだ時とか、あったけェお茶をのんだ時にも、こんな声出すようになるん

よゥ。おじさんの楽しみだと思って、見逃してくれやァ」

そんな松平公の言葉に、銀時がそっぽを向きなが返す。

「そういやそんなおっさん声、もう出してるわ、俺。

あのこのつくった味噌汁飲んだ時とか、お茶を淹れてもらった時とかァ」

いつからそうなった?なんて野暮なことは聞かねェが…と前置きして松平公が言葉を続ける。

「ふた親さえきちんといりゃ、いずれ大奥にでもあがり、あの器量だ。

将軍様のお手つきにもなって、世が世ならば御代様として暮らしてもいけた子だ。

万事屋の、いや坂田の。おめェ本気でしあわせにしてやれるのかィ?」


湯気が明るい陽射しの中で、ゆらりゆらりとゆっくり揺らめく。


「…なあ、とっつぁんよ?

うちに来たばっかの頃のあのこはさァ、もうひとりぼっちが嫌だ

とりで取り残されるのは嫌だ、って夜中にひとりで声をかみ殺して泣いていたのよ。

だから、もうひとりにゃしやしねェ

俺が金輪際おまえをひとりぽっちにしやしねェと、約束して安心させるだけじゃァ

だめなのかねェ?」

「…ひとりぽっちは嫌かァ…」

「お互いに相手を思いながら、寄り添って歩いていくってだけじゃァ

しあわせにゃならねェのかねェ?」

「……」

「これから先、何が起こるかわかりゃしねェが、

ひとつだけ言えんのは、俺はあのこをいのちがけで護っていくってことだけさ。

そして、あのこをひとりぼっちにしないように

俺もがむしゃらに生きていくしかねェってことなのさァ」


つづく→★★★★