昔から両親の転勤などでこれといった友達もできず、転校した学校は指で数え切れないほどであった。

一番長く学校に在学できたのは六ヶ月程であり、両親が一緒に遊んでくれたことはたったの一回だけだった。


今となれば朝起きれば家に誰もいず棚から適当に置いてあるパンをかじって学校へ行く。


そして学校から帰ってきてもやはり誰もいない。


リビングのテーブルの上にあるのはいつも一万円札が置き石で適当に置き留められている。


昔はそこの傍らに置き書きがったがそれもいつの間にかなくなっていた。


おそらく書く事さえ煩わしくなったのだろう。


そしてこの一万円は夜の食事代であるがそんなに使えるわけもなくあとは小遣いに回していた。


たまに起きている時間に父が帰ってきても口から出てくるのは“勉強しなさい”の一言で、


唯一の楽しみの漫画が部屋にあると問答無用で破り捨てられた。


逆らえば愛の鉄拳と言う建前の怒りの拳が飛んできて、


そして翌日のテーブルには夜の食事代が置いていない始末である。


母はいつも帰ってこないのが普通でたまに夕方に帰ってきて風呂に入いり、


適当な料理を作って勝手に寝るて明け方にはもう居なくなってる。


作られた飯はまずくて愛情のあの字も入っていないように思え、


それなのに出来上がると“感謝しなさい”みたいなこといって洗い物は結局、僕がしていた。


家に居場所がないのではなく家が自分の場所にならないのである。


運命を呪った。なぜ俺ばかりがこのような不運な境遇に合わなければならないのか。


友達はろくにできず、一人が当たり前だった。


クラスメイトには転校してきたことで珍しがられるだけで、


しばらくすると熱が冷めたかのように離れていった。


そのあとはいじめにあったり、財布を持ってくると喝上げにあったりしていた。


元々身体能力が高いと言われいたこともあり一対一なら負ける気はしなかったが、


いつも突っかかって来る輩は集団だった。


ニ~三人倒してあとは逃走っていう手段もあったが、


両親にバレるといろいろと面倒だったから彼らの言うとおりしていた。


転校する頃には同学年の間でいろいろな噂が流れ、煙たがられ、転校の挨拶の時もひそひそ話が絶えなかった。


心の篭れない挨拶をしていつも転校していた。


そんな日々を過ごしている結果、学校に行って勉強して、休み時間などにいじめられ、帰ったら勉強。


お金が貯まれば漫画やRPG系統のゲームを買ってしてたのが楽しみになっていた。


そんな小さく生きているのが嫌で自分に絶望し変わりたいと願ったが現時点での状況が許しはしなかった。

正直、生きていいる気がしない、ただ愛情があるのか不明の両親に生かされている感じだった。

そんな僕は月日が流れ高校生になった。


はじめて入学した都立の高校を一週間で去り、


今度は長野の少し田舎なところの市立高校に通うことになった。


実に田舎らしいと思うのが自分で調べて見た高校の場所である。


なんと山の中腹に学校があるのだ。


今度住む家は山の麓にあるらしい。


そのため、今日から毎日あの学校に通うとなると左右に蛇行した階段道を毎日昇り降りしなければならないのであった。


両親は仕事で引越しには付き合えないと僕に交通費だけ渡して出かけていった。


荷物は必要最低限なモノは自分のトランクにいれ手荷物として持ち、


いきあとは引越し業者の人が持っていってくれることになった。


東京より揺られること三時間、ようやく自分の家らしきとこに着いた。


引越し業者が先に着いて父方のおじさんつまり父の弟さんが手伝いをしてくれていた。

ちなみにおじさんはこの街の一つ山を挟んだ隣町に住んでいて、父親の実家もそこにある。


「おじさん、こんにちわ! すみません、手伝っていただいて」

「あぁ、こんにちわ いやいやほんとこっちこそすまないねぇ。

 
 兄さんが手伝うべきなのに仕事、仕事で来ないし。これくらい弟としてしないとね」

「いえいえ」

「東京から来て疲れているでしょ、ちょっと散歩がてらにここら辺、回ってきなよ」

「でも、引越しの準備が、」

「いいのいいのおじさんに任せて行ってきなさい。そのために来たんだから。」

「それではお言葉に甘えて、行ってきます。」

「気を付けてねぇ~」


しばらく何も考えずに歩いたが見ず知らずの街だからわからないことだらけである。


しかし、いつもはじめはこんな感じだ。


徐々に慣れていけばいいという考えではじめは当たり障りすることにしている。


そうしている間にふと閃き、山の中腹にあるという学校を見に行こうと思った。


自分としては学校は好きな場所ではないが、場所は調べてあるからわかるし一度、


階段がどんなものか気になるからなのと、


もしこの学校でうまくやっていけたらという気持ちも多少あったからである。


携帯の地図アプリを頼りにしながら進んでいった。


さすが田舎だと思うことが、夕方なのに店じまいをしてることや車の数が都会より断然少ないことである。


当たり前のことだが理論と空想で考えるより、


実際に見て実感するほうが新鮮でまた新たなことが発見できるものである。


百聞は一見にしかずとはよく言ったものだと思った。


都会では感じられない清々しい自然を感じながらそうこうしているうちに例の階段までたどり着いた。


思った以上に険しく長そうだった。


他に道はないかと探していると車用に整備された山道が見えた。


普通の山道より道幅は大きく人が普通に通っても大丈夫であろう広さにはなっていた。


険しい階段と緩やかな山道なら山道の方を選ぶ、誰も苦しいことはしたくないものだ。


なので山道を使うことにした。


しばらく登っていくと分岐の道が見えてきた。


どうやらUの字に曲がって登ると学校に着くようだ。


そしてひたすらに登りつめた先に改装したのであろうか新築の綺麗な学校が建っていた。


驚愕するとまでは言わないが少し圧倒される感じであった。


田舎に立派な建物が建っているとギャップを感じてしまったためである。


東館、西館、とあってその奥の真ん中に本館であろうか、


モスクワのクレムリン宮殿の時計を思わせる豪華な時計が本館の中央に付くいてあった。


あまりの凄さにちょっとの間口があかなかった。


我に帰って再び見渡すと東館の二階の窓から下の景色を眺めるように窓の手を架けて、


綺麗に流れる栗色の長い髪をなびかしながら立っていた。


美しいのひつことだった。さっきの時計や校舎のことなどは消し飛んでしまうくらい見つめてしまった。


しばらく見つめていると、こっちに気づいたように彼女は手を振ってくれた。


今までになく心が高揚するより沸騰してしまいそうな気持ちになった。


とても恥ずかしくて手を振ることはできなかったが少しだけ手が上がったくらいはできた気がする。


そのあとは入学案内のしおりをもらいその他諸々の手続きなど両親がしていない部分を自分がした。

市立信野原高等学校、今日からここが僕の通学する学校。


いいこと起きますようにと校門前で手を合わせて願った。


どこかでクスッっと言う笑い声が聞こえたが気には留めなかった。