この映画を観ていると、ダイハード以前にアクション映画が存在しなかったかのような錯覚に陥ります。
ビルを占拠したテロリストたち。没個性になりがちな多人数テロリストですが、みなさん各々で見せ場を持つキャラクター集団です。
洗練されたスタイル。経験豊富な手際。駆けつけて包囲する警察相手に政治犯と嘯く彼らの目的は強盗です。
ビルの竣工式に集まった社員たちは、全員揃ってパーティーです。
30階のパーティー会場を占拠すればナカトミビルを支配できると目をつけ、あっという間に彼らを残らず人質にします。あとは地下金庫を開錠するための時間稼ぎをするだけです。
警察やFBIを相手にのらりくらりと注文をつけたり、照明を銃撃してみたり。
人質と交換にヘリコプターを呼ばせて、実は屋上のヘリポートを爆破する計画。包囲する連中の視線を屋上にひきつけておいて、地下の車庫から脱出する作戦は抜かりなければ完璧なものでした。
さて、そんなテロリストを一人ずつ討ち取っていくのがジョン・マクレーンですが、ブルース・ウィリス演じるマクレーンのダイハードがなぜ面白いのかって、考えますよね。
☆マッチョではなくなった主人公か
ぼろぼろに傷つきながら闘い、ただ一人信頼してくれるパウエル巡査に孤独な闘いの過酷さを吐露する精神的弱さを持った人間味ある男が主人公
☆ビルという舞台装置をふんだんに使い倒したストーリーか
ビルの隅々を駆け巡るマクレーンとテロリストたち。小気味よい場面転換と、無駄のない脚本で、名場面を繋ぎ合わせたかのようなビル内のおっかけっこは、その窮屈さがスピード感を程よく演出しています。
と、考えてみても、いずれもダイハードの面白さを言い当ててはいないと思います。
私が考える正解は
☆ジョン・マクレーンの意地の悪さ
これに尽きるでしょうね。
劇中でマクレーンの妻ホリーが言い放ちます。「あれほど人を怒らせるのはあのひとしかいないわ」
これがダイハードの真骨頂なのです。
意地の悪さをうまく演出する方法は、マクレーンに相手の個性をいじらせるのがいいのです。この男を怒らせるには何が効果的か、観客が見ていて溜飲の下がる手段でなくてはダメでしょう。相手のウィークポイントをむんずとつかんだやり方です。
ハンスのナンバー2、ハリーの弟をやっつけたマクレーンの、ハリーに向けた意地の悪い挑発はダイハードの主役を張る男の白眉のところです。
逆に言えば、怒らせる相手に確固とした個性が備わっていなければいけません。
タイトルにありますのは、ダイハードの主役はテロリストですから・・・であります。
個性のないショッカーテロリストをいくら出し抜いたところで、名場面なんか生まれるはずがありません。
テロリストたちが主役並みに個性を持ち、感情を持って思考する存在であるほど、ジョン・マクレーンの意地の悪さが際立つのです。
後続するダイハードは、この真骨頂を見失っていずれも失敗に終わっています。
なぜ、テロリストを馬鹿にしないのか、なぜ、テロリストを欺き、出し抜かないのか、なぜ、マクレーンをテロリストの風上に立たせないのか・・・彼が他のマッチョと一線を画した稀有なヒーローである理由は、いたずらっ子のように相手を笑いものにする、その憎らしい笑い方です。
超人的なタフネスと勇敢さで悪の一味を粉砕するのではなく、相手の嫌がることを思いついたらすぐにやる。それがジョン・マクレーンの持ち味なのです。
にもかかわらず、ダイハード2以降のジョン・マクレーンは、テロリストに振り回されるばかりでみっともありません。意地の悪さと、どんな苦境からでもテロリストを挑発しまくるセクシーさは鳴りを潜めてしまいました。
余談
FBIとしてでてくる2人のジョンソン捜査官。そのうちの白人のジョンソン捜査官はロバート・ダビというB級アクション映画のエース。
一昔前のしょうもない映画に必ず顔を出すブラマヨ吉田似のブツブツ。
アクション映画というジャンルがすべてB級とみなされていた時代で無双していた俳優なのです。
このダイハードという映画は、アクション映画をB級からA級に引き上げた記念碑的作品。ですが、その黎明的作品においても、このダビの顔がまだまだ幅を利かせていたのでしょうか。
いえ、そうではありません。
ダイハードのなかでダビのB級アクション無双は打ち止めを宣告され、ナカトミビルの屋上で自身が幾度となく撃ち落としてきたであろうアクション映画の大きなおもちゃとともに露と消えたのです。
今はどこで何をしているのやら、アクション映画がA級になってしまったこの時代の到来とともに、B級映画は古臭いビデオの山に葬られ、エースの姿を見ることはなくなってしまいました。