警報が出て、休校になったので、
母のものを片付け
母のものは、片付いているのだ
丁寧にいきてたんだなぁ
私は、ずっと母の生き方を否定してきた
母のためにしてもうけとってもらえない
そうおもってきた
それは、私が自分の生き方を否定してきたんだ
お母さんごめん
そして自分にもごめん
外に逃げてたんだ
家族から目をそらしていた
今年に入り、ぎんの介護、死、母の病気の進行、入院、死、
必然と家族と向き合うことになり、
主人、子供が、自然と助けてくれる
どんな自分をもうけいれてくれる
目の前のしあわせに気づいてなかったのは私だ
問題は私の中にあった
しあわせも愛も私の中にあった
母は丁寧にいきていた
料理、掃除、神棚、お父さんのお位牌、洗濯、身の回り、
おしゃれ、散歩、おでかけ、すべて母は丁寧に生きていた
自分で選んで、生きてきた
私は、いつも誰かの目を気にして生きていた
もう、それもおしまいにして、
どんな自分でも自分がうけいれて生きていく
いじけても、おこっても、かなしんでも、たのしんでも、
きらわれても、好かれても、どんな自分でも自分で自分を選んで生きていこう
目の前のことをしっかりみよう
視野狭窄もそおいうこと?って思ってしまう笑