もう20年経つのですね
その時産まれた人達が20歳
数年前神戸に行った時には
本当に綺麗に復興されていて
震災のイメージが結びつかないほど
とても美しい街でした

時々訪れる奥尻島も今では綺麗になっています
いつか東北も色々な問題を片付け
美しく住み良い街になったならと思います

今日も粉雪が舞い寒い日々を過ごしていると
仮設住宅に住む人々の事が思い起こされます
義援金はどこに消えたのか

日本という国は火山の上で生活しているようなものだから
一生懸命築き上げた物も長い歴史の中では
何度も何度もゼロに戻されています
島国なので容易に逃げ出す事も出来ませんし
自然に忍耐力とか互いを助け合いながら生きて行く協調性とかが
養われて行ったのかも知れませんね

壊滅的な破壊の後では1人の力は小さすぎて
誰かを信用しなければ生きて行けません

そんな長い長い歴史の中で
何度も何度もより素晴らしく復活して来た日本だから
心の中に悲しみや怒り
大切な人々との喪失感など深い痛みを抱えながらも
きっと不死鳥のように甦ると信じています

私は「千と千尋の神隠し」の中で歌われている
「いつも何度でも」という曲が好きで
覚 和歌子さんの歌詞が震災後のイメージと重なり
歌を聞く度に胸が締め付けられるようで涙が出そうになります

どうかあらゆる災厄も小難におさまり
この星に住む全ての者の小さな幸せが続きますように

歌詞

呼んでいる 胸のどこか奥で
いつも心踊る 夢を見たい

悲しみは 数え切れないけれど
その向こうできっと あなたに会える

繰り返すあやまちの そのたび 人は
ただ青い空の 青さを知る
果てしなく 道は続いて見えるけれど
この両手は 光を抱ける

さよならの時の 静かな胸
ゼロになるからだが 耳をすませる

生きている不思議 死んでいく不思議
花も風も街も みんな同じ

呼んでいる 胸のどこか奥で
いつも何度でも 夢を描こう

悲しみの数を 言い尽くすより
同じくちびるで そっとうたおう

閉じていく思い出の その中にいつも
忘れたくない ささやきを聞く
粉々に砕かれた 鏡の上にも
新しい景色が 映される

はじまりの朝の 静かな窓
ゼロになるからだ 充たされてゆけ

海の彼方には もう探さない
輝くものは いつもここに
わたしの中に 見つけられたから