2000年1月21日から6月30日にかけて、東京ディズニーランド のシンデレラ城の前で、
スーパーダンシン・マニアが開催されました。
 
1stステージ 1990年代をテーマにした『メガ・ビート』
2ndステージ 1970年代、1980年代のディスコミュージック
3rdステージ 1960年代のアメリカン・オールディーズ
3つのステージが約2か月づつ半年にわたって開催されました。
 
特に盛り上がったのが1stステージ
シンデレラ城の前がClub Disneyのステージになって、つい最近までヒットしていた曲で
ミッキーマウスと仲間たちがカッコイイ ダンスを踊ります。
これまでディズニーランドのショーは何十回も見ていますが、こんなに客席とステージが
一体になって盛り上がったショーは見たことがありません。
特に3つのステージ全てで最後に踊るパラパラ ミッキーマウス。
ディスコバージョンのミッキーマウス・マーチをステージと客席(といっても全員立ち見ですが)が一体になってパラパラを踊ってました。
パラパラはこの頃(ちょっと前かな?)まで流行っていたし、ショーの始まる前に皆で練習して皆が踊れたので、超盛り上がりました。
 
1990年代にトゥモローランド・テラスのステージが19:30ころからディスコになって、
最初の25分くらいスーパーダンシン・マニアのようなステージでミッキー達が踊る「ディスコ・ディズニー」というショーがありました。
最後の曲の途中からミッキーたちがお客さんの手を引いてフロアに誘って一緒に踊り、ミッキー達が帰った後21:00頃まで自由に踊れるようになっていましたが、そのステージが無くなってしばらくしてからのことだったので、嬉しくて何回も行ってしまいました。
 
2007年にアンコールに答えて「東京ディズニーランド・スペシャルナイト CLUB DISNEY "スーパーダンシン・マニアRemix」というステージを何とパーク閉園後に3日間限定で開催したらしいのですが、この時は知らなくて行けませんでした。
 
この時はAAA(トリプル・エー)と早見優、松本伊代がゲスト出演して踊っていたんですね~
上がその時の動画です。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
エイリアン・コヴェナントを観ました。
シビレました。(ストーリーが?)まあ最後まで面白く観れたかな?期待外れではなかった。
(映像が?)ちょっとやりすぎ?
(では何がシビレたかというと)映画のラストシーン、2000人の入植者と乗員を乗せた宇宙船の巨大な冬眠ポッドの部屋に、エイリアンの卵を産み付けようとするアンドロイドが入っていくシーンに、ワーグナーの「ラインの黄金」のラストシーンの音楽が流れます。
この曲は「ラインの黄金」のラストシーンで神々が嘘と策略で騙し取ったヴァルハラの城に
入場するときに流れる音楽なんですね。
「ラインの黄金」のラストシーンを知らない人にとっても、映画のラストシーンにふさわしい壮大な映画音楽として聞こえると思いますが、「ラインの黄金」のラストシーンの意味を知っていると、この映画のラストシーンに、あまりにもドハマリでトリハダが立っちゃいました。
 
映画のオリジナル曲には大好きな曲がいっぱいあります。

でもスタンリー・キューブリックのように、過去のクラシック音楽を自分の映画のために
作曲されたように使ってしまうセンスの良さには、本当にシビレます。
『2001年宇宙の旅
ギョルグ・リゲティ「アトモスフィア」
リヒャルト・シュトラウス「ツァラトゥストラはかく語りき」
そして、ヨハンシュトラウス「美しき青きドナウ」
宇宙船と宇宙ステーションのランデブーをワルツに見立てるとは!

まだ10代だった私でも、そのセンスの良さに驚きました。
もう、それからは「美しき青きドナウ」を聞くと、いつも頭の中では宇宙船と宇宙ステーションがぐるぐる回転しています。
 
時計仕掛けのオレンジのベートーベンの「第9」や、ロッシーニの「泥棒かささぎ」
※  ちなみに、この映画のテーマは暴力なのですが、「第9」の第2楽章を暴力の象徴として使っていました。確かに第2楽章は暴力ですね!ベートーベンが心の葛藤をぶつけてるような音楽です。

アイズ ワイド シャットのショスタコーヴィチの「ジャズ組曲 第2番 ワルツ2」
※  いつものイメージとかけ離れたトム・クルーズの演技を際立たせていました。

そして、知らない人に見てもらいたい極めつけは、フルメタルジャケット
たくさんの仲間が犠牲になりながらも戦いに勝ち、燃えさかるベトナムの戦場を
海兵隊が横に広がって行進していくラストシーン、流れる音楽は

「ミッキーマウスマーチ(合唱付き)」

https://www.youtube.com/watch?v=AT_JtW-jnTA

Who's the leader of the club
That's made for you and me
M-I-C-K-E-Y M-O-U-S-E
Hey! There, Hi! There, Ho! There
You're as welcome as can be
M-I-C-K-E-Y M-O-U-S-E
Mickey Mouse!
Mickey Mouse!
 
いやすごいですねえ~ びっくりしました。
ここでミッキーマウスマーチですか!!ディズニーからクレーム来なかったんですかね~。
 
ベトナム戦争といえば、フランシス・コッポラの「地獄の黙示録」でも騎兵隊(乗り物は馬でなくヘリコプターですが)がベトコンの村を襲撃する時、流れる音楽は、ワーグナーのヴァルキューレの騎行」、楽劇(オペラ)では天馬に乗った8人の女戦士たちが、戦いで死んだ英雄たちの魂を持って集まるシーンの音楽が流れます。
しかも敵を恐れさせるために、ヘリコプターのスピーカーから曲を流しながら攻撃するという設定でした。
これもドハマリで、当時は映画のオリジナル音楽だと思った人が沢山いたそうです。
 
こういうセンスって本当に感激しちゃいますね~
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

晴れた日に沖縄で潜ると必ずやることがあります。

息を大きく吸って海底に向って垂直に潜ります。

そして、自分が潜れる限界に来たら仰向けになって両腕を広げて力を抜きます。

すると、目の前にはどこまでも続くきらきら光る天井が広がります。

そして、音の聞こえない静寂な世界。

それから、だんだん天井が近づいて来ます。

天井の向こうでは太陽がまぶしく輝いています。

天井は目の前まで迫り、次の瞬間天井が消えて、青い空と白い雲が目に飛び込んできます。

しばらくシュノーケルのマウスピースを外し、息を整えながら空と雲を見ながらじっとしています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は指先の動きが不器用です。

なので、楽器を演奏するのが苦手です。

不器用な私が演奏できるのがトランペットと尺八それに三線です。

トランペットはピストンが3つ、これが一番扱いやすい。

次に尺八、抑える穴は5つ、何とかなります。

それに三線、沖縄民謡はメロディーを追いかけるように引いているだけで様になってしまうからです。

ほかの弦楽器や木管楽器は、演奏し始めた途端指が動くのをあきらめてしまいます。

私が演奏できる3つの楽器の中で一番練習したのが尺八です。

20代のころ、聞いて衝撃を受けたのが武満徹の

ノヴェンバー・ステップス

 
オーケストラの音が漂うように流れる中、尺八と琵琶が緊張感を高めるかけ合いを展開していく。
聞き終わったら尺八の演奏にすっかり心を奪われていました。
この曲はニューヨーク・フィルハーモニック音楽監督のレナード・バーンスタインが日本の楽器とオーケストラとの協奏曲を書いて欲しいと武満に依頼した。そしてニューヨーク・フィルハーモニック125周年記念の作品としてこの『ノヴェンバー・ステップス』が作曲され、1967年11月9日、ニューヨーク・リンカーンセンターにおいて、琵琶:鶴田錦史と尺八:横山勝也のソロ、小澤征爾の指揮でニューヨーク・フィルハーモニックにより初演されました。
 
 
そして、三木 稔作曲の3本の尺八のためのソネット』この曲も大好きで、日本音楽集団の演奏会に行き楽譜を買って練習しました。
しかし、独学ではなかなかうまくならず、あきらめかけていた時、私が生け花とお茶を習っていた先生が、実は尺八の先生だったことを知り、本格的に尺八を習い始めました。
でも、練習で演奏するのは長唄や端唄などの曲で、楽譜はロツレチリヒハの文字で穴を押さえます。
友人の結婚式で宮城道雄の『春の海』なんか演奏できるようにはなったのですが。
未だに5線譜に書かれた日本の現代音楽を演奏するには至っていません。
 
尺八の音を次のように言葉で表現するそうです。
「竹藪の中を風が通り抜ける音」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

いつものように駐車場に車を止めて浜辺に降りようとしたら、親子連れ(母、姉、弟)らしい3人がいました。

母と弟は波打ち際で遊んでいるのですが、姉はずっと携帯をいじっていました。

 

 

 

彼女が座っているのはサンゴ礁の先に延びる海底ケーブルです。

海底ケーブルに座ってスマホ、なんか絵になると思って写真を撮ってしまいました。

この海底ケーブルはサンゴ礁の外からシュノーケリングで帰ってくるとき良い目印になります。

サンゴ礁で遊ぶとき、サンゴ礁が露出している部分を辿って外海の淵まで行くのですが、潮が満ちてくると浅い部分が見えなくなり、パニックになることはありますが、ここでは海底ケーブルを辿れば無事に浜辺に戻ることができます。

 

この海底ケーブルを地図でたどると、そこには伊是名島がありました。

2015年新宿エイサー祭りに伊是名太鼓」(尚円太鼓)が沖縄から招待されて来ていました。

尚円太鼓は沖縄のエイサーでみられるような太鼓を持って足を高く上げながら叩くのではなく、内地のような和太鼓を沖縄の衣装着た10代から20代の女性が(男性もいますが)叩くものでしたが、これがやたらカッコよくて驚き、そして感動しました。

https://www.youtube.com/watch?v=_Guo3hmeQ_Q

伊是名島と伊平屋島は今帰仁の海岸からいつもはるか彼方に見えているのですが、まだ行ったことはありません。

伊是名島尚円王(琉球王朝第一尚氏7代目尚徳の後を受け、明治12年の琉球処分まで19代 410年も続いた第二尚氏の始祖)

が生まれた場所として有名です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

演歌、歌謡曲、Jポップス~泣ける歌は皆あると思います。
カラオケで自分で歌っていて泣きそうになる曲もあります。

でも私にとって本当に聞いていて涙がポロポロ出てくる曲があります。

20歳を過ぎたころ毎年年末にNHK FMで放送していたバイロイト音楽祭を聞き、そこで自分の生涯で一番好きな曲に出会いました。ワーグナーの『ニーベルングの指輪』4部作です。

 

それまで知っていたオペラは現実の世界で男と女が恋をして、浮気して、不倫して、みたいのばかりでしたが、『ニーベルングの指輪』はスペクタクルなファンタジー映画みたいな話だったので聞くことにしました。

『ニーベルングの指輪』は4部構成で4夜に分けて上演するのですが、上演時間が合計で15時間もある大作です。しかも画面のない音だけの世界でドイツ語の歌を聴いてもわかるはずがありません。ところがワーグナーのライトモチーフ(登場人物1人1人を表現する旋律や、人物以外でも呪い、運命、愛などにも各々旋律があります~もっとわかりやすく言うと、ダースベーダーが出てくるときの音楽みたいなやつですね)が複雑に絡み合いながら進行するので、事前にあらすじや解説を頭に入れておくと、結構分かってしまったのです。

その4番目『神々の黄昏』のラストシーン

殺された愛する夫(ジークフリート)の遺体が横たわる高く積み上げられたトネリコの木に火をつけた妻(ブリュンヒルデ)が、自分が神々の一員だったころ一緒に天を駆け巡った愛馬(グラーネ)にまたがり、「これからどこに行くか知ってますね」と愛馬に問いかけながら炎の中に飛び込んでいく。

この時、これまでの長い長い物語で登場したライトモチーフが終局に向けて嵐のように、うねりのように演奏され、これでもか、これでもか、というように心の琴線をかき乱され、ついには“涙だそうそうになってしまうのです。
最後は神々の世界にまで燃え広がった炎をも、あふれ出たライン川の水がのみこみ、すべてが浄化されて静かに終わるのですが、もうそのころには胸が一杯でくたくたになっています。

だいたい、ワーグナーは聞く人の心の琴線をかき乱すのが得意なので、最初の「ラインの黄金」以外は、「ワルキューレ」も「ジークフリート」も胸が一杯になる音楽が続いてほんと疲れます。

 
写真の一番下は、里中満智子のマンガです。
一度でも『ニーベルングの指輪』を聞いた人、またはどんな話か知りたい人にはお薦めですが、ストーリーだけでは全く感動しません。音楽が感動させるのです。

 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

日本でフランスパンを買うと、長いビニールの袋に入れ、それを長い紙袋に入れ、もしかするとそれをレジ袋に入れて渡されます。

フランスでバケットを買うと、真ん中だけ小さい紙で包んでそのまま渡されちゃうことがあります。

そして、半分以上むき出しになったバケットを持って街中を歩き、電車に乗り、家に帰ってそのまま食べちゃいますよね。

インフルエンザ予防のために玄関にアルコールを置き、外部の細菌やウイルスが持ち込まれないようにしている日本人にとってはとんでもない話です。

しかも、それは買ってからの話。

以前、パリの駅でスキー場行きの電車を待っていたら、ガラガラガラガラ音がするので見てみると、パン屋さんが大きな金属製の籠にむき出しのバケットをいっぱい入れて埃っぽい駅の構内を引きずっているのが見えました。

籠の底と地面の間は1~2cm埃を巻き上げながら引きずっているように見えました。

いや~文化の違いなんだな~と思いながら生ハムと野菜を挟んだバケットを食べ、ショコラを飲んでいました。

 

フランス人は免疫力が強いのでしょうねー?

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

 

 

1978年から1988年まで浦添市勢理客に大きいローラースケートリンクがありました。今の国立劇場おきなわの近くですね。浦添には親戚があったので、沖縄に行くと必ず行って踊りまくっていました。(踊る?)と思う方もいるかもしれませんが、たぶんここは日本のローラーディスコ発祥の地だと思います。ミュージカルのスターライトエクスプレス日本公演のずーっと前、光GENJIがデビューするずーっと前のことです。(日本の!)とは言っても来場者の半分くらいはアメリカ人、アメリカの文化をいち早く取り入れ、米軍の兵隊や家族の来場を見込んだのでしょう。

そんなこともあり、雰囲気はサイコーでした。アメリカ人がローラー履いて踊りだすと、メチャメチャ上手いし、ノリはいいし、楽しいし。

一緒に踊っていると自分もうまくなった気がして(実際、恥ずかしがり屋の私がローラー履いて踊ることに抵抗がなくなりました)本当に楽しい時間を過ごしました。幸い以前からフィギアスケートをかじっていたので、スケート靴を履いて複雑な動きをすることには慣れていました。

スケートリンク自体はかなり広く、DJも本格的、照明やライトも大箱ディスコ顔負けの設備でした。

本格的に盛り上がるのは7時から8時過ぎ、そのころからアメリカ人の割合が増えていき、夕方から滑っていた子供たちも巻き込んでフィーバー(昔の話なので!(^^)!)していました。大人たちがトレインを作って滑り出すと子供達も後ろにつながり、長―いトレインが2つも3つも出来て、皆で同じステップを踏みながらリンクを占領していました。さらにのってくるとトレインはリンクの外の通路に出たり、またリンクに戻ったりして本当に楽しい時間を過ごすことができました。

そしてある日沖縄に行ってみたら、那覇ローラーは無くなっていました。

 

それから10年位経ってから、私はそのころの夢のような世界が忘れられず、シューズ(ローラーのフィギュアシューズ)を買って後楽園でローラーダンスのレッスンに毎週通っていました。50過ぎのオジサンが若い女の子に交じってレッスンをしているのだから、きっと女の子目当てで来ていると思われたに違いありません。

先生は、東京ボンバーズの選手を中心にしたインストラクターでしたが、インストラクターの 植木 亘 さんに那覇ローラーの話をしたら、当然のことながら何回も行っていたようでした。

その先生たちは、光GENJIのインストラクターもしていたので、紅白歌合戦に光GENJIが出たときにバックで踊っていました。

 

後楽園では沖縄の頃はできなかったステップもできるようになり、それなりに楽しかったのですが、那覇ローラーのような盛り上がりを体験することはできませんでした。

今ではローラー履いて踊れる場所も無くなってしまい、思い出だけが心の中で不完全燃焼しています。

 

TAKE ME HOME, COUNTRY ROADS
国道58号線から名護市街で県道71号線に入り、呉我で国道505号線に合流すると羽地の海が見えてきます。
 
 
すると、必ず心のどこかからジョン・デンバーの歌が聞こえてきます。
Almost heaven, West Virginia
Blue Ridge Mountains, Shenandoah River
Life is old there, older than the trees
Younger than the mountains, growin' like a breeze
 
 
私も大声で一緒に歌います。
Country roads, take me home
To the place I belon
West Virginia, mountain momma
Take me home, country roads
 
 
そして心の中で間違いだらけの自動翻訳をします。 
 
もうすぐ幸せな場所 今帰仁の海
古宇利島 兼次の海
サンゴ礁に砕ける波も 伊江島に沈む夕日も
ボクを待っていてくれる
 

 
カントリーロード 僕を連れていってよ
僕の愛するあの場所へ
ナキジンソン 
僕を連れていってよカントリーロード
 
 
だから遠回りでもこの道が好きでした。
でも最近新しいバイパスができて、この道のほうが近くなったので、同乗者に文句を言われずにここを走ることができます。
 
 
新しいバイパスができる前に通っていた道は、山道とトンネルばかり通り、海を見ないうちに実家に着いてしまい、沖縄に来た〰 っと 気分が盛り上がらなかったのです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

今年も6月の始めに今帰仁村で釣り三昧の生活

 

なぜ、こんな梅雨のさなかに行ったかというと、この1週間が今年最高の大潮だったのです。潮の満ち引きは今年最大(満潮218cm,・干潮-16cm)その差234cmでした。

しかも干潮の時間が正午から16時の間で、一番活動しやすい時間帯だったので、雨に降られるのを覚悟でこの週に行ったのです。

潮が引くと普段身長より高い所まで海になっている所に、写真のようなサンゴ礁の大平原が現れます。ここを歩いていくと、サンゴ礁の端(右上の白波が立っているところ)まで歩いて行けます。サンゴ礁の端は崖になっていて、崖の下には魚が一杯いるので、ここで釣りができるのです。

 

 

潮が満ちると砂浜(左上)まで海になります。次の写真がその状態です。

 

 

 

大潮でないときは波がサンゴ礁の端を乗り越えてきて、危険なのです。サンゴ礁は全体がナイフの先端のような岩でできているため、バランスを崩して転ぼうもんなら血まみれの大けがになってしまうのです。

 

で、ある日の釣果は?というとこんなもんでした。

 

イシミーバイはルアー、オジサンはフライ(シンキングラインに毛鉤)で釣れました。

結局大物にお会いすることはできませんでした。