※第23回放送文化基金賞 テレビドキュメンタリー番組部門 放送文化基金賞受賞
以下は奥さんが書いた記事。
1992年 6月 29日、私の夫、関根萬司は胃の不調を訴え、かかりつけの内科医院の紹介で、「労働福祉事業団・東北労災病院」に入院し、 7月 14日、胃の全摘手術を受けました。 病名は胃の悪性リンパ腫でした。
入院当初より医師から家族への病気の説明は行われず、手術の前日、手術の承諾書に私がサインするという時になって主治医と初めて会いました。
胃の手術を受けるわけですから、夫には医師から「禁飲食の指示」が手術の当日より出されました。 術後は暫くの間、経口での栄養摂取ができないことは当然のことで、その換わり栄養補給法として、IVH (中心静脈栄養) 施されました。
夫は手術当日の 7月 14日より 23日の朝食分までの禁飲食と、その後流動食が 4日ほど出ましたが嘔吐や下痢を繰り返し、下腹部の強い痛みも訴え、再びの禁飲食指示を受けました。 胃全摘手術後ほぼ 3週間 (61食分) の絶食の指示のもと、IVH という高カロリーの栄養補給に頼って術後の回復を待つ状態でした。
<発症>
問題は、栄養補給を目的として術後の夫の体に投与された、この IVH の点滴の内容でした。 手術当日より 38日間にわたって夫の体に投与され続けた高カロリーの栄養補給点滴の中に、生体に必要不可欠であるビタミン剤が全く含まれていなかったのです。
20日間の絶食直後から、夫の体にさまざまな変化があらわれはじめました。 目の異状からはじまり耳の聞こえ方の異状を訴え、独歩も困難になりました。 体重も見る見る減少、術後 5週間目に入ると 「夢と現実が混ざってよくわからない」 「今は朝?昼?夜?」 「僕の仕事は何だっけ?」 と繰り返し、強い不安を訴えました。
術後 38日目、突然錯乱状態となり一時意識消失、生死の間をさまよった後、重い記憶障害という後遺症を残し、ビタミンB1 欠乏による“ウェルニッケ脳症”は夫の体に発病してしまいました。
<転院>
術後 42日目の 8月 25日、東北大学医学部付属病院、脳神経内科に転院。 ビタミン欠乏による症状との説明で、点滴によるビタミン剤の大量投与という治療を受けましたが、発症より既に 16日が経過しており、7年を経た現在に至るまで回復の様子は見られません。
<提訴>
1993年 6月に証拠保全を行いましたが、病院からの対応は何もなく、手術のために東北労災病院に入院していた 58日間、夫に対してビタミン剤の投与が一滴も行われていなかったことがわかりましたので、同年 12月 27日仙台地方裁判所に提訴しました。