久しぶりに本棚から阿川弘之著『雲の墓標』を取り出して読んだ。

高校生の時、初めて読んだ時は枕に顔を埋めて泣きじゃくった。

そして今、読み返しながら、やはり涙が溢れて仕方ない。

京都大学で万葉集を学んでいた吉野、藤倉、坂井、鹿島ら4人の大学生は、学徒出陣により、学業半ばにして太平洋戦争に駆り出される。
樫の樹の下で語り合い、学生生活に別れを告げた彼らは、勝ち目のない戦争へ自らの命を投げ出すことの意味を見出だす困難に苦しみ、葛藤しながら、その人生最期の日々を軍隊生活に投じる。

国民を置き去りにし、
充分に討論を重ねることを忘れたまま、
無闇な改憲に急ぐ日本政府に向けて、
彼ら学徒の痛切な叫びを、吉野の日記、藤倉の手紙から下記に引用したい。

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「最後までこの戦争を是認出来ず、反抗しつつ死んでいった海軍少尉が一人いたことを、どうかときどきおもい出して下さい」

「死にたくない。
俺はこのいくさに命は投げ出したくない。
鹿島よ、力をつくして生き残ろうではないか」

「硫黄島もついに玉砕した。(中略)此の島の将校の奮戦に報ゆるに何の策をなしたか。
無電をもって声援し叱咤しただけで、すべもなく見殺しにしてしまったというのがほんとうではないのか。
ときどき、自分らの身のうえもこれと同じだと自分は考える事がある」

「不思議な時代ではないか。
政治家も軍人も学者も詩人も、芋を食って笑って死ぬることは、繰返し繰返しうたうけれども、生きのこって日本を再建する方途は、誰からも聞くことが出来ない。
誰がそれを本気で考えているだろう」

「伊藤はデッキを出るとき、『それではちょっくら先に行って来ます』と言い、それから、『また来る春の桜は、平和な日本に咲かしてえよ、まったく』とおどけていた。
おどけて言うよりしようのない気持ちであったろうとおもった」

「この日、小磯内閣の総辞職を知る。(中略)戦っている者は、一度失敗したらみんな死ぬのである。
此の危機に国を追いこんだ己の無策をみとめながら、首相が生を全うしてやめてよいものであろうか。
こんな総理大臣がいなくなってくれるのは結構だが、其の考え方、態度があんまり勝手で無責任だ。
此の人たちの無能の犠牲になって、無意味な死をとげた青年たちが、あまりに可哀そうだ」

「特攻隊ももう、これを神格化した時代は過ぎ、
ー 海軍ではもはや誰も特攻を特別なこととはおもっていない。
新聞だけがこれを惰性的に通俗的に神格化しているのだ」

(以上、阿川弘之著『雲の墓標』より引用)

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無念のうちに、懸命にこころの折り合いをつけながら片道分の燃料だけを積んだ特攻機で死出の旅路に出て、還っては来なかった青年たち。

まさか、60年70年後に、日本の政治屋の道具にされるとは、思いもよらなかったに違いない。
彼らが望んでいたのは、「英霊」として靖国神社に己の命を奪ったA級戦犯らと共に祀り上げられることでもなく、戦犯の孫から玉串を捧げられることでもなく、ただただ平和な日本を取り戻すこと、平和な日本に生きることだったのではないだろうか。

光る5月。

ちょうど沖縄戦が苛烈を窮めていた時期だ。

永田町の政治屋たちよ、
立ち止まれ。

そして海に土に眠る学徒の声、
全ての戦没者の声に、
深く耳を傾けてみて欲しい。