子どもの自主性って? | 現役男性保育士の保育園では言えないこと

現役男性保育士の保育園では言えないこと

都内で保育士をしています。
普段感じていることを書いていきたいと思ってます。

子どもの自主性を大切にするというのは、ここ最近の保育の主流である。

私も、基本的に、その考えには賛成である。

特に、遊びでは、自分で好きな遊びを見つけたり、遊びを作ったり、変えたり、いろいろ考えながら、遊ぶ楽しさを感じて欲しいと思っている。

 

ただ、だからと言って、自主性を重んじるあまり、何でも子どもの言いなりになるというのとは違うと思う。

いけないことはいけないと知らせることは大切だし、時には、大人がリードしていくことも必要だと思う。

 

例えば、生活習慣。

だいたい、まだ寝ないとか言う子は多い。

でも、ある程度譲歩するにしても、ちゃんと寝かせなければいけないと思う。

そこは、うまく子どもを乗せる必要はあるけれど。

 

好き嫌いも、ある程度はしかたないと思う。

でも、一口でも食べられるように働きかけは大切だと思う。

これに関しては、保育士間でも温度差を感じるけど、個人的には、一口くらいは食べて欲しいと思っている。

 

もっと遊びたいから部屋に入らない。

これは、自分的には、いいんじゃないかと思う。

「ただ、悪いけど、ごはんを何時までに食べないと、調理さんが困るから、それだけは守ってくれる?」って感じ。

 

私の保育園では、月曜日に、親にカバーをかけてもらうために、布団が並べてある。

よく、その上に、子どもが乗っているが、注意しない親が多い。

保育室のテーブルに乗っている子もよくいる。

自主性を履き違えてはいけないと思う。

それはやりたくてもしてはいけないことで、やりたい気持ちを大切にすることとは違う。

何でそれを注意できないんだと思う。

小さいうちから注意していかないと、大きくなってから、注意なんてできるわけない。

けっこう親をなめてるなって感じる子は多い。

 

そうかと思うと、恐ろしく怒る親や、ものすごく細かく注意する親もいる。

それは、実はあまり効果がない。

自分も振り返ると、前は、よく怒っていたと思う。

保育士になって、7年目くらいから、だんだん怒らなくても、子どもにうまく関われるようになってきた。

年を取ってきたこともあるかもしれない。

 

個人的には、人が嫌がることをするのはいけないと思っている。

あと、食べ物は大切にして欲しいと思うけれど、それ以外のことは、わりとどうでもいいことのように感じている。

もちろん、社会のルールっぼいことは知らせているし、生活習慣的なこともやれるようにしている。

でも、どうしてもやりたくないっていう時は、その年齢によって、対応は違うけれど、その気持ちを受けとめている。

 

自主性を認めつつ、必要なことは知らせていく。

そのさじ加減が、親や保育士間でも微妙に違っている。

そこが難しいところだけど、一方で、世の中にはいろいろな人間がいるから、人によって対応が違うのもそれはそれでいいんじゃないかと思う自分もいる。