美容医学博士として蘇る日を夢見て1 | 真実は一つなり

真実は一つなり

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私は42歳から銀座真理子のマダムから美容エステサロンマダムになりました。


頑張りやの私はフランス、スイス、イギリス、ベルギー、スェーデン、ドイツ、中国、韓国などの美容法について学びました。


そして人は指紋がみんな違うように肌も違うのだから自分の化粧水は自分で作るのが一番だと言うことに気が付きましたからコスメ作り体験教室に力を入れました。銀座店はいつも百人くらいの生徒であふれていました。


48歳の時主人の会社がダメになり連帯保証人だった私もお店を手放す事になりました。

それから間もなく主人は胃癌から肺癌に転移し、平成五年の秋に亡くなりました。



それから私は小さなエステサロンをまた開業したのですが、三年目に病気になり閉店しました。


一年間くらい静養してからコンパニオン会社を致しましたが、この時に未成年者の事件がありましたね。



その後叔母の経営するホテルやホテル内のエステサロンを手伝っていたわけですが、週刊新潮に五年前に詐欺とねつ造記事を鬼婆雑誌記者に書かれましたことがもとで叔母の商売が危機に立たされ遂に倒産に至りました。



直接は連鎖倒産で私も連帯保証人だったから家も何もかも無くなりました。