俺は海の見えるホテルの中だけにレストランを展開し続けた。
それは遠い昔の日々、父親とcruiserに乗り、海の近くのレストランで食事した記憶があった、
父親はダンディで金持ちだったのかも知れない。
何しろおかんも叔母も父親の話をすると癌で死んだしか言わない。
風の便りに生きている噂も聞いたが、俺も妹も大人になり戸籍抄本を見て父親がいなくおかんがシングルマザーだった事を知った。
しかし妹と俺はおかんにも叔母にもそれを問いただした事は無い。
そんな事どうでも良いほど俺も妹もおかんと叔母を信頼していたからだと思う。
俺は仕事に励んだ。海を眺めて食事出来るレストランを34歳で18店舗出していた。
海の見えるホテルのレストランを開業していた。
ホテルの中にレストランを作るのには保証金も払うが安いホテルも保証金が高いホテルもいろいろあった。
海を眺めて食事が出来ると言うキャッチフレーズでバカ当たりした。
三年前までは飛ぶ鳥を落とさんと言う言葉の如く順調だった。
しかし相次ぐホテル倒産。ホテルが倒産すると、レストランも閉店となる。ホテルが裁判所に入るから。