1.自分は何をしたかったのか
新しい活動の内容を書くと言いながら報告していませんでした。
やっと書き始めます。ネタはあるので投稿は継続できると思います。ペースは毎週木曜日投稿目標です。
一昨年の3月に精神科診療所のソーシャルワーカーを退職し、その4月から新しい試みを始めた。その試みの目的は8050問題への対応である。
この動きについてはいくつかの理由があった。
自分に老後楽しめるような趣味を持ち合わせていなかったということ。愛着障害の傾向と発達の凸凹のため、人の役に立ちたい、認められたいという承認欲求が異常に強いこと。せっかちで感情的になり易いなど性格的な大元の理由はあったと思う。
しかしもう少し社会的な動機というか大義名分はあった。
ひきこもりの問題は、社会問題化されて久しいが、実際に解消されるいるのかはっきりしない。ひきこもりが政治経済的な背景、家族問題をはじめ社会的な根深い背景がある大きなの問題だと捉えられる。ただいかに難しい問題だとしても、これほど相談窓口がいろいろできていても進展しているように見えない苛立ちが芽生えていた。その矛先の一つは行政に対する憤りである。というのは私が住んでいる政令指定都市のことだが、20年前3市が統合するときに、現場の職員がシャッフルされて、それまでの精神保健現場の一体感はなくなり、新しく職員が育つまでの5年間の活動が私から言わせれば、空白だった。そして現場の経験を蓄積させていたベテランの姿も見えなくなった。全く別分野に転任している人もいた。少なくてもそれまであった行政と民間の垣根を超えた結びつきがなくなってしまったと感じていた。実際それまで持っていた地域という現場での行政、民間を超えたつながりの一体感は無くなってしまった。単なるノスタルジーというのではなく機能的に分断され地域での一体感は無くなったと感じた。私の住んでいる地方自治体だけでなく、合理的に整理されそれぞれの部署の中で境界線が敷かれ、行政がスリムになっていく。分断されているという気持ちが強い。
私はソーシャルワーカーというアイデンティティーのこだわりを持っており、世の中のソーシャルワーカーというものはこの分断された社会に対して何もできないのか、ソーシャルワーカーはいなくなったのかと苛立ちを覚えた。
現実的には、行政が相談窓口を設け、待っていても相談に結びつくことが少ない。引きもりの人はその最たるものだと思っている。いわゆる「助けてと言えない人たち」なのだ。何とか相談窓口と困っている人を繋げる働きはできないだろうか。そんな試みをしてみようと考えた。動かないと始まらないと思った。
はじめは精神保健の活動支援センターを開設しようと市の担当課に打診をしてみるともう新しく認可はしないと断言された。B型継続就労支援事業所の開設を勧められた。
本当にやりたいこととずれてくるから、悩んだ挙句、ひきこもりと高齢者の相談室ということで出発することにした。職員は私一人で始め、法人化も先延ばしにすることにした。
まず、政令指定都市の北部を横断している駅近の場所に2LDKを借りて相談室を開設した。本当は一階を借りたかったが、3階しか予算に見合う物件は無かった。
次回は立ち上げの中身と、その後の経緯を報告したい。
新しい活動の内容を書くと言いながら報告していませんでした。
やっと書き始めます。ネタはあるので投稿は継続できると思います。ペースは毎週木曜日投稿目標です。
一昨年の3月に精神科診療所のソーシャルワーカーを退職し、その4月から新しい試みを始めた。その試みの目的は8050問題への対応である。
この動きについてはいくつかの理由があった。
自分に老後楽しめるような趣味を持ち合わせていなかったということ。愛着障害の傾向と発達の凸凹のため、人の役に立ちたい、認められたいという承認欲求が異常に強いこと。せっかちで感情的になり易いなど性格的な大元の理由はあったと思う。
しかしもう少し社会的な動機というか大義名分はあった。
ひきこもりの問題は、社会問題化されて久しいが、実際に解消されるいるのかはっきりしない。ひきこもりが政治経済的な背景、家族問題をはじめ社会的な根深い背景がある大きなの問題だと捉えられる。ただいかに難しい問題だとしても、これほど相談窓口がいろいろできていても進展しているように見えない苛立ちが芽生えていた。その矛先の一つは行政に対する憤りである。というのは私が住んでいる政令指定都市のことだが、20年前3市が統合するときに、現場の職員がシャッフルされて、それまでの精神保健現場の一体感はなくなり、新しく職員が育つまでの5年間の活動が私から言わせれば、空白だった。そして現場の経験を蓄積させていたベテランの姿も見えなくなった。全く別分野に転任している人もいた。少なくてもそれまであった行政と民間の垣根を超えた結びつきがなくなってしまったと感じていた。実際それまで持っていた地域という現場での行政、民間を超えたつながりの一体感は無くなってしまった。単なるノスタルジーというのではなく機能的に分断され地域での一体感は無くなったと感じた。私の住んでいる地方自治体だけでなく、合理的に整理されそれぞれの部署の中で境界線が敷かれ、行政がスリムになっていく。分断されているという気持ちが強い。
私はソーシャルワーカーというアイデンティティーのこだわりを持っており、世の中のソーシャルワーカーというものはこの分断された社会に対して何もできないのか、ソーシャルワーカーはいなくなったのかと苛立ちを覚えた。
現実的には、行政が相談窓口を設け、待っていても相談に結びつくことが少ない。引きもりの人はその最たるものだと思っている。いわゆる「助けてと言えない人たち」なのだ。何とか相談窓口と困っている人を繋げる働きはできないだろうか。そんな試みをしてみようと考えた。動かないと始まらないと思った。
はじめは精神保健の活動支援センターを開設しようと市の担当課に打診をしてみるともう新しく認可はしないと断言された。B型継続就労支援事業所の開設を勧められた。
本当にやりたいこととずれてくるから、悩んだ挙句、ひきこもりと高齢者の相談室ということで出発することにした。職員は私一人で始め、法人化も先延ばしにすることにした。
まず、政令指定都市の北部を横断している駅近の場所に2LDKを借りて相談室を開設した。本当は一階を借りたかったが、3階しか予算に見合う物件は無かった。
次回は立ち上げの中身と、その後の経緯を報告したい。