精神保健の分野の黎明期から生きてきた我々のような人間は、優秀な県や市の行政の人たちと協力して活動してきた経験がある。行政には、地域の全体の状況がわかっているキーマンが居て、その人に相談しながら動いていくことで地域での活動に一体感があるように感じていた。しかし今は違う。そういう一体感は行政の職員とはどうしても持てない。
ある患者さんとのことで連携しても、そのことで地域の活動で連動して継続する一体感はない。自分たちの立場の主張で、その人の本音は出づらくなっている。
なぜだろう。ずっと疑問だった。大学の地域同窓会で県職の福祉事務所管理職の方が、総合支援法になり行政の立ち位置がはっきりと変わったと言われた。これまでの措置のような、大きな権限で責任を持って課題を解決する責任がなくなったという趣旨の発言だった。
私なりの解釈によると、極端は事を言うと、行政と民間は同じ位置にいて、同等でただ役割が違っっているだけということになる。とすると行政組織に要求することは意味はなく、連携する相手ということになる。
だとすると、サービスの供給は、まばらになり、虫食いの状態になっている今の状況はある意味納得できる。そして、精神保健分野の所轄官庁の動きの鈍さ、人的資源の少なさもある程度理解できる。
そのバランスを保つ機能であるはずの(自立支援)協議会も機能していないということもはっきりしてきた。
さて戦略である。
私の勝手なイメージであるが、以前の地域福祉のかたちでは、行政にも民間にも地域のニーズと人材についてわかっている人が多くいて、自然にその人達のネットワークができていて、ニーズに対応できるような活動を育てていたと考えられる。今は分断され、それぞれの狭い視野からしか考えらないような形になっている。一見システム的になっている。しかしそのシステムの評価ができて無いように思う。評価のシステムが形だけになっている。あったかくない。評価のシステムを真剣に考えることがまず重要だと考える。そのうえで、有能な人的つながりを作ることが必要だと考えている。
そこで、人的資源の交流の場を作りその対話からの意見を提言として示していく。さいたま市の公務員を退官したいわゆるできる人が集える場を作りそこからの発言を発信していく。それらを踏まえた現状の分析、研究が必要だと私は考えている。
以上のことを意識して、具体的な地域活動をしていきたいと考えている。
ある患者さんとのことで連携しても、そのことで地域の活動で連動して継続する一体感はない。自分たちの立場の主張で、その人の本音は出づらくなっている。
なぜだろう。ずっと疑問だった。大学の地域同窓会で県職の福祉事務所管理職の方が、総合支援法になり行政の立ち位置がはっきりと変わったと言われた。これまでの措置のような、大きな権限で責任を持って課題を解決する責任がなくなったという趣旨の発言だった。
私なりの解釈によると、極端は事を言うと、行政と民間は同じ位置にいて、同等でただ役割が違っっているだけということになる。とすると行政組織に要求することは意味はなく、連携する相手ということになる。
だとすると、サービスの供給は、まばらになり、虫食いの状態になっている今の状況はある意味納得できる。そして、精神保健分野の所轄官庁の動きの鈍さ、人的資源の少なさもある程度理解できる。
そのバランスを保つ機能であるはずの(自立支援)協議会も機能していないということもはっきりしてきた。
さて戦略である。
私の勝手なイメージであるが、以前の地域福祉のかたちでは、行政にも民間にも地域のニーズと人材についてわかっている人が多くいて、自然にその人達のネットワークができていて、ニーズに対応できるような活動を育てていたと考えられる。今は分断され、それぞれの狭い視野からしか考えらないような形になっている。一見システム的になっている。しかしそのシステムの評価ができて無いように思う。評価のシステムが形だけになっている。あったかくない。評価のシステムを真剣に考えることがまず重要だと考える。そのうえで、有能な人的つながりを作ることが必要だと考えている。
そこで、人的資源の交流の場を作りその対話からの意見を提言として示していく。さいたま市の公務員を退官したいわゆるできる人が集える場を作りそこからの発言を発信していく。それらを踏まえた現状の分析、研究が必要だと私は考えている。
以上のことを意識して、具体的な地域活動をしていきたいと考えている。