怖かった台風19号・レベル5・初の全市民避難指示。 | リベラルブログ・生活保護者の色々な記事
まだまだ死者が出ており、停電・断水で困っている人が多いのに「怖かった」と過去形で書くのは自民二階幹事長のように謝罪しないといけないかもしれない。しかし、このブログは私が体験した今回の台風についての記事である。「怖い台風19号」と書くと未だに影響を受けているのかと思う人もいるかもしれないので、「怖かった」と過去形で書くことを了承して頂きたい。
私は東京都26市内に住んでいる。3歳から8歳まで静岡に住んでいたが、それ以外は東京23区・26市内を家族で・また一人暮らしであちこち約50年住んでいる。しかし、23区・26市がレベル5の避難指示だ出たのは見たことがない。今回が初めてだ。
今回の台風は何かいつもと違う気がしたので、俺はずっとパソコンでヤフー天気の雨雲レーダーや各区・各市に出ている警報を見つつ、TVでNHKをずっと付けて各地域の被害状況や警報を見ていた。しかし上陸して東京に来て俺の住んでる市が暴風域に入った時、ヤフー雨雲レーダーがおかしくなって機能しなくなった。「一番大事な時に機能しないなんて困ったな。」と思っていたらNHKで、「各地の詳しい被害状況などは気象庁のホームページで確認してください。」と言ってるのを聞いて気象庁のサイトで雨雲レーダーを確認することができた。
台風の中心地は俺の市街地をギリギリかすめて進んでいたが、やがて俺の市内も台風の中に入ってしまった。その間、東京各区や市では黄色い字の「避難準備」からオレンジ色の「避難勧告」へ、そしてとうとう真っ赤な字の「避難指示(緊急)」を発令する区や市が続々と出てきた。
指示で一番強いのは紫色の【警戒地域】で、《設定した区域への立ち入りを制限、禁止またはその区域から退去を命ずるもので、従わない場合、罰金または拘留の罰則が科せられる》、という紫色の【警戒区域】のすぐ下のカテゴリーが真っ赤な色の「避難指示」である。
※《避難指示(緊急)。人的被害の危険性が非常に高い状況です。直ちに避難しましょう。外出することでかえって命に危険が及ぶ状況では、自宅内のより安全な場所に避難しましょう。》
というもので、東京で約50年暮らしてきて初めて発令された緊急指示である。これが墨田区や世田谷区など23区で出たのである。こんなことは初めてだった。のちに多摩川が決壊したことをニュースで知った。
今回の台風は、「千曲川」「阿武隈川」「多摩川」「吉田川(大きいらしい)」など、日本の大きな河川が決壊したことが特徴の、何十年に一度の台風で、NHKでは【命を守る行動をしてください。】という、滅多に聴かない言葉を連呼するという緊急事態であった。
私の借家は結構急な坂にあり、急な坂の為に、各家は段々畑のように自分より上の家が必ずコンクリートの壁面の上に建っており、我々の借家もコンクリートの壁面の上に大家の家があるという作りで、もしコンクリートの壁面が土砂崩れで壊れたら私の家屋の中に土砂が入ってきて命に危険な場合もあり得る場所なのだ。
緊迫した雰囲気は「東日本大震災」での震度5が2回来た時の雰囲気と似ていた。もちろんあの時の方が不安感が上回っていたが同じ雰囲気があった。東京に一番来る時間帯は夜7時から9時。9時以降は台風本体は東京から東北へ行く予定だった。しかし、9時になっても台風は居座っていて結局台風本体が東京から離れたのは10時だった。その間、雨雲レーダーを見ていたが、私の市部からほんの少し左側の市部や区部を本体が通っていて、雨は1時間80mm以上という、最高レベルの赤紫色のどす黒い雲が滞留していた。
もしあの赤紫色の1時間80ミリ以上の雨雲が私の借家上空に滞留していたら冗談抜きに危なかったかもしれない。9時から10時までの1時間は私の上空に赤紫色の80ミリ以上の雨雲がかかったが、時間が1時間程度だったためか助かった。しかしほんの少し左側の市部は多摩川の決壊、家屋浸水停電・断水と大変なことになった。ほんの少しの差だった。ほんの少し私の住居から左が本流だった。運が良かったとしか言えない。
浸水した家電は乾燥させても使ってはいけないそうだ。浸水した家は畳も浮き上がってどろだらけで住めない。自己破産している最中に家屋土砂災害になっていたら俺は一体どうなっていたんだろう?ほんの少しずれていたおかげで助かった。浸水や土砂災害の見舞われた方々には何と言っていいか分からない。ほんの少し俺の方へ本体が来ていたら俺がその立場になっていたかもしれないからだ。
夜10時になり雨雲レーダーが東京から離れて、「助かった」とほっとしていた時、町中に響く大音量の車が現れたのだ。市役所の車である。TVの音量を下げて聞いてみると、「市民全員避難してください。」という放送で、避難する公民館や小・中学校などの避難先の場所を大音量で街中を走っていた。夜の10時である。屋台のラーメンおじさん(今は見かけないが数年前まではいた。)のチャルメララッパでさえ鳴らさない夜10時である。石焼き芋のおじさんでさえ商売を終わらせる夜10時に、おそらく就寝についている人もいるであろう夜の10時に、しかも雨雲本体が東京から離れた夜の10時に大音量で街を走る市の車はとてもこの世の物とは思えない違和感があった。
もう雨雲が過ぎ去った夜の10時の一体市役所は何をしているのだ?まるでドン・キホーテが水車に突撃しているかのような強烈な時代遅れ、いや時間遅れの行動に呆れていたその時、なんとNHKのテロップに私の市の名前が、画面の上に流れている避難指示のテロップに私の市の名前が出ているではないか!
私はそれを見てヤフージャパンホームぺージを見て見た。するとホームページの中央に私の市がでかでかと出ており、真っ赤な上から2番目の「避難指示」の表示があるではないか。夜の10時に市役所がドン・キホーテしていたのはこういうことだったのか、と初めて知ったのである。
では避難しなければいけないのだろうか?夜の10時である。少し迷っていたら、NHKで「避難指示が出ても夜の場合は自宅にいた方が良い場合があります。どうしたら自分の命を守るのかを考えて下さい。」と良いことを言ったので、私は避難を止めた。
「避難指示」は」全市民に出されおり、もしそれを聞いて全市民が行動に移したら約8万人~9万人が夜の10時に避難所に行くことになる。これはあり得ない。それで何故今頃「避難指示」が出たのか調べた。すると市内の丘陵の所々が土砂災害レベル5の紫色になっていた。どうやらこれが「全市民避難指示」が出た原因だと思われた。私の家の坂の所をずっとパソコンでレベルを観察していたが、ずっとオレンジ色のレベル3であった。私は避難しなくていいことになる。
ここが市役所の欠点だと思う。多くの「避難指示」を出した区や市の中には、「~1丁目・~3丁目、~2丁目の人は避難して下さい。」と具体的な市町村名を出して避難指示出していた区や市と、私の市のように「とんかくなんでもいいから全員避難せよ。」と大雑把に指示を出す2つに分かれていた。具体的な町名を出して避難指示を出している区民と市民は幸いである。こういう災害時に細やかな指示を出す役所なのかどうか、調べて住むことは重要だな、と思う。
兎に角、未だに多くに人が災害の中にいる。この皆さん方が一刻も早く災害状態から無事に抜け出すことを願わずにはいられない。TVで自宅浸水した人が「ニュースで見ても他人事だと思っていた。」と言っていたが、俺も同じだ。でも今回、少しだけ浸水や土砂被害にあった人の気持ちが、ほんの少しだけだが理解した。

