香港トップ、逃亡犯条例改正案を正式に撤回
【香港=西見由章】香港政府トップの林鄭月娥行政長官は4日のテレビ演説で、香港から中国本土への容疑者引き渡しを可能にする「逃亡犯条例」改正案を正式撤回すると表明した。
逃亡犯条例改正案は、香港が犯罪人引き渡し協定を締結していない中国本土や台湾などの要請に基づき、容疑者の引き渡しを可能とする内容。香港政府は「政治犯」を対象に含まないとしているが、香港市民が実質的に中国の法律による取り締まりを受けることになる恐れが指摘される。1997年の中国返還後も香港の高度な自治を50年間認めた「一国二制度」が崩壊するとの懸念が強まり、香港市民による反対運動が激化している。
>>権力者にデモで抗議ができない日本人から見て、デモで権力者から市民の権利を守った香港市民に敬意を表したい。確かに空港を止めて外国人に迷惑をかけ、一部は暴徒化した。しかし、綺麗ごとでは権力には勝てないのだろう。デモをしない、権力者と戦わない日本人には分からないことがあると思う。
しかし、第2の天安門になってもおかしくない状況でも一歩も引かず権力者と戦って命がけで権利を守った香港市民は勇気があった。
そして自分たち権力者のメンツの為に第2の天安門を起こすより、香港市民の命を守ることを第一とし、自分たち権力者の決めた改正案を撤回した香港権力者、又その背後で指揮を執っていたであろう中国共産党指導者の判断に敬意を表したい。
メンツは面子と書き、中国語だそうだ。
日本語の意味は「体面」「面目」即ち『世間に対する名誉や世間から受ける評価』とある。即ちメンツを重んじる国の権力者が世界の権力者たちから見ると、メンツがつぶれることをした、ということになる。しかし、国民からは名誉や評価は上がったことだろう。ここが権力者と末端市民の見方の違いだ。
私も裁判でこの「メンツ」というものを考えるようになった。私の場合、上告を棄却して裁判を終局させたのは、判決ミスをした地方裁判官3人ではなく、その上の60歳以上だと言われているベテラン裁判官3人だということに、この「メンツ」という物の複雑さがある気がする。
即ち「メンツ」は階級が上になればなるほど重要なものに変化して行く、ということだ。そして、独裁者のように、反対するものを許さない存在になると、「メンツ」は人の命よりも重要なものになる。即ち、メンツを重んじる故に市民を殺すのである。【天安門事件】もただ共産主義を守るためだけに起こしたのではないと思う。そこには「自分たち権力者が市民よりも上である」、という力を見せつけたいというメンツがあったように思う。
今回中国共産党指導者が改正案を撤回したのは、第2の天安門を起こすことが「メンツ」を守ることではなく、逆に汚すことになると判断したからだろう。要するに本当の意味で、世界的視野で物事を見て判断できる大国になった、ということだと思う。
『上の者が下の者のいうことが自分より正しいと思った時、下の者のいうことを聞く。』これがどれ程難しいことか。