特殊実験「サル」が頭痛? <731部隊軍医の博士論文>
- http://www.kyoto-np.co.jp/picture/2018/01/201801191814217kaimeA450.jpg
- 立命館大平和ミュージアムに寄託されている「竹澤正夫資料」には、貴重な731部隊の写真が含まれている
戦時中まで京都帝国大病理学教室の教授だった清野謙次が1955年に亡くなった通夜の席で、同教室で学んだ関東軍防疫給水部「731部隊」元部隊長、石井四郎元中将は話した。「ハルビンに大きな、まあ丸ビルの14倍半ある研究所を作っていただきまして、それで中に電車もあり、飛行機も、一切のオール総合大学の研究所が出来まして」(清野を追悼する「随筆遺稿」より)
旧満州のハルビン近郊にあった731部隊は終戦時で約3900人、博士号を持つ医官は53人いた。ペスト菌などの細菌戦を研究し、中国人捕虜らで人体実験をしたとされる。石井は恩師、清野の貢献を語る。
「先生が一番力を入れてくれたのが人的要素であります。各大学から一番優秀なプロフェッサー候補者を集めていただいた。先生が拍車をかけられまして、段々に、最後に大東亜の全面にわたつて、この民族線防禦(ぼうぎょ)の第1次完成をみたのであります」(同)
京大医学部を出て731部隊で凍傷研究をし、戦後は京都府立医科大学長になった吉村寿人によると、「京大の助教授・講師級の若い者が8名(病理学3、微生物学2、生理学2、医動物学1)が軍属として派遣されることになった」(「喜寿回顧」より)。戦後、京大出身の元731部隊員は医学界に戻った。石川太刀雄は金沢大医学部長、岡本耕造は京大医学部長に。
学者以外にも京大出身者はいる。石井の片腕といわれた増田知貞軍医大佐も、戦後ミドリ十字を設立した内藤良一軍医中佐も京大医学部卒。731部隊の人脈。製薬業界で成功した元隊員も多い。石川らが米側に人体標本と引き換えに戦犯を免れたことが、研究者が発掘した米側資料で裏付けられている。
<遊泳船真紅き浮標のすぐ横に>
石川太刀雄が京大時代に夏の琵琶湖で遊覧船に乗り、真野の沖合を進んで雄松(近江舞子)の船着き場で作った句。文芸にも夢を抱いた若者たちは、軍事研究でその人生を変えた。
731部隊は終戦時に施設を爆破し、元隊員の多くは沈黙を守った。京大がどう関与してきたか、全容は明らかではない。
西山勝夫滋賀医科大名誉教授は、京大が731部隊関係者33人に医学博士号を授与した論文を検証してきた。イペリット、炭疽(たんそ)菌、コレラ菌…学位論文の題は731部隊の研究と重なる。京大で保存されていない論文もあるという。
京都府精華町の国立国会図書館関西館へ向かった。閲覧したのは、731部隊の平澤正欣軍医少佐が終戦直前の45年5月、京大に提出した博士論文「イヌノミのペスト媒介能力ニ就(つい)て」。薄いリポートだ。「特殊実験」でペストを保菌するノミを付着させると「サルは附着(ふちゃく)後6~8日にして頭痛、高熱、食思不振を訴へ」たと論文に書いてある。1匹は39度以上の熱が5日続き、付着後13日目に死亡。論文を発掘した常石敬一神奈川大名誉教授は「サルが頭痛を訴えるだろうか?」と、人体実験だと指摘する。
記者は日本モンキーセンターと京大霊長類研究所に「サルの平熱は何度ですか?」と尋ねた。サルの種類を特定しないと体温が違う上、睡眠中は朝方に低いなど1日でも変動する。霊長類研は「ブタオザルとニホンザルの場合、昼に38~39度くらいが、人間の平熱に相当するのでは」という。素人の目でも医学博士の論文にしては、ずさんにみえる。
(12回続きの7回目)
【 2018年01月20日 19時00分 】