


普天間基地。住宅のど真ん中にあり、狭い島に不釣合いに幅を利かせているのが分かる。
沖縄住民、徳之島住民、多くの住民が反対しているのに何故【普天間閉鎖】ということが日本の政治家から出ないのか。
「日米安保の為」、「抑止力維持の為」。総理大臣、与野党政治家は言っているが、戦争になるかどうかは全て政治家の能力の問題である。
政治家が【何が起こっても絶対に戦争は起こさない】という強靭な意志があれば、「抑止力維持の軍隊」などには頼らないはず。
政治家は国民の1票の集まりで選ばれたのであり、国民の幸福を第一としなければならない。
政治家が判断に迷った時は、国民の意思がどこにあるのかを基軸に行動することが大事なことだ。
国民の意思を受けて動いてそれで「抑止力の維持の低下」を招いても、国民がそれを望む以上は、「抑止力低下が起きても大丈夫なのだ。」と考えなくてはならない。
事実、それで大丈夫だと思う。国民が「大丈夫だ」と判断したということは国民の本能的な嗅覚が大丈夫だ、と判断したことであり、もし国民が他国と深刻な争いが起きそうだと漠然とでも不安になっているのなら、ここまで「基地は要らない。抑止力の低下をせよ」、との判断はしないはずだ。
国民がそう判断した以上、日本の政治家は、与野党かかわらず、
「国民の守る為に普天間基地はなくてはならない」と判断する必要ない。
国民は特に「北朝鮮と争いが起きても、戦争にはならないで解決できる」と判断しているのであり、政治家は国民の判断をもっと信じて受け入れ、その通り外交で解決する行動をしなければいけない。
国民は戦争が起きれば1番犠牲になる存在。だからこそ、自分たちに災いが降りかからないかどうか、ということを1番分かり、気にしている。
その国民が「普天間基地はいらない」と言っている以上、「普天間基地を閉鎖しも大丈夫」と判断して、『それを叶えることが国民の幸福である』と信じて、政治家は動かなくてはいけない。