ONETIME×FULLTIME -2ページ目

広島のおばあちゃん

どうも、こうめいです。



免許合宿(~7月26日)を島根で過ごしたぼくですが、実はその後に広島で一泊しました。


卒業検定を合格した夜、市内の繁華街の路地を一本入った、薄暗い通りの小さな居酒屋に入りました。


その店はとても元気なおばあちゃんと、30代くらいのフィリピン人の女性がやっているこじんまりした所で、その落ち着いた空間がとても心地よい店でした。


そのおばあちゃんには横浜の大学に通う孫がいるらしく、「最近孫の服装がだらしない」とか「遊んでばかりでちゃんと就職できるのか心配」などと愚痴を言われましたが、そう言いながらも孫のことが可愛いんだろうなと、本気で心配そうなおばあちゃんの顔を見て思えました。




話しているうちにぼくの話になり、茨城から来た、ということを話すと話題は地震や原発の話になりました。


原爆を体験したおばあちゃん。


彼女に言わせれば今回の震災の被災者は「甘い」。


政府が何もしてくれないことに文句を垂れ、やれることをやらず、ただ避難所で過ごしている今の被災者は甘えている。」と。


被災者の人が決して甘えているとは思いませんが、確かに昔の人に比べたら現代人は失ったものが多すぎて立ち直るのが遅くなってるような気はします。


かといって、今出歩く時に磁石をくっ付けて鉄くずを集める、なんてことをやる人はいませんし、ある程度の住環境のレベルが無いところで生きていけるほど現代人は逞しいわけでもありません。




では今の状況は…。





ぼくは被害の度合いを比べるようなことはもしかしたらナンセンスなんじゃないかな、と思うのです。


片や戦争中、片や青天の霹靂という状況の違いは比較できるものではありません。


昔も今も、大切にしたい人がいて、大切なものがあって、それを守るために動いているのは同じだと思うのです。





おばあちゃんには、広島を生き抜いたプライドがあったのだと思います。

できることをやる、という簡単なことが必要なんだと言いたかったのかもしれません。


いずれにせよ、おばあちゃんとの出会いはぼくの中の思考を整理させてくれたと思います。そんな出会いが旅先あったのは幸せなことです。





またどこかでそんな素敵な出会いがあればなと、そう思います。





それでは今日はこの辺で!