瞑想し、胸にある宇宙を意識してみた。
アンドロメダのような銀河。
それからなんとなく守護霊を意識した。
前世療法で見た始皇帝の家臣。
自分も守護霊も宇宙に帰れば同じところにいる。死後、経験を感情含めて全て共有するから、実際に家臣として経験したのは守護霊でも、自分も家臣だったように感じる。
昔の日本では右大臣。統一前から人々の暮らしを考えていて、国づくりに尽力したが左大臣の陰謀により失脚。宮廷の庭掃除の仕事に回り、さらにその際の陰謀が原因で警備のお庭番からも虐げられ。隙を見てお庭番の刀を抜いて自害してしまった。
それが守護霊の過去世。
悔しかったですよねと聞いた。
声がしたわけじゃないけど、印象として伝わってきたのは
「その時は無念だし恨みもした。お庭番については些細なこと。(左大臣?)については立場なり、望みがあり、時代もある。皇帝についてもそう。私は道半ばとはいえ国づくりも含めてすべきこと、やれることは全てやった。これ以上は二人の問題で魂レベルで私が関われるものではないから、思うところは何も無いよ。そなたが我が人生を自分の過去として見た時に私の亡骸を宮廷から運び出してくれて、皆が手厚く供養してくれた。私の苦労が皆の役に立っていたことがわかったからそれだけで充分だよ。」
という想い。言葉ではなく「想い」。自分なりに文章にするならこうかなと思い書いてみた。
仕事中に響いた
「シャルル・ルクレール」
から検索した記事と同じ。
すべきこと、できること全てをやり切ったからネガティブな想いは無い。
結果や周りに起きた事に左右されない。
自分の心さえ自分らしく最善であればそれで良い。
ということ。
仕事中、いろんな人の言動に愛を見つけるようにしてみた。それが自分に向けられたものでなくとも受け取るようにしてみた。
ほんわかと心が暖かいじゃないか!
いいじゃんこれ!
と思った。