Tetsu龍でございます。
鳥取城は言わずと知れた、
秀吉の兵糧攻めの舞台となった処。
その位の知識しかなく、行ったら、いや広い広い。
中世の山城から鳥取藩32万石の近世城郭まで、
結構色々詰まってる。
大体、僕の城攻めはフィーリングで行ってるので、
1回目は下調べなしが多い。
良かったら、もう1回来よう位の感覚なので。
バスを降りて最初に目に飛び込んできたのは、西洋風の建物。
「ルネッサンス!」
こちらは1907年完成の明治建築「仁風閣」やそうです。
海軍元帥 東郷平八郎の命名(命名した時は引退してるけど)、
本人直筆の額があります。
お城も好きやけど、こんなんも大好物やねんな。
中に入ると、豪華。
窓ガラス越しに見上げる鳥取城もまた一興かな。
博物館として使われていた時期もあるみたいで、
ゆったり回れます。
その後は麓の近世城郭から。
関ヶ原の論功で、池田長吉が6万石で入り、
近世城郭改造に着手。
池田長吉は、池田恒興の三男で池田輝政はお兄ちゃん。
その後転封で、池田光政、池田光仲と藩主が変わるのだが、
池田光政は、輝政長男利隆の子、
光仲は三男忠雄の子と微妙に系統が違ってややこしい。
徳川家と縁戚なので、鳥取藩は32万石と大大名なのです。
そんなことを思いながら回ると、各郭が無茶立派。
天球丸と云う、日本でここだけの丸い石垣は、
石垣が崩れるのを防ぐために、修理の時に
あんな形に積んだらしい。
もっと他に意味があるのかと思った。
その後、中世の山城の方に行ってんけど、
中々登りがきつい。
行ったのは5月やったのに汗だくになった。
登ってくるおっちゃんとすれ違ってんけど、
ぶうぶう言うてた。(笑)
上からの見晴らしは良かったので、
もう一回行ってみたいけどね~。










