大坂の陣 始末記 | Tetsu龍 罷り通る

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あと一歩、あとほんのもう少しで

家康の首を獲れたのに!!

 

あな口惜しや!

その時の真田信繁と同じ気分のTetsu龍です。

今年の冬から回ってきた大坂の陣関係の史跡。

あと一歩で終了と云うところでデータを飛ばしてしまって

心が折れたのでした。

 

しかし、これを終了しなければ次のレポに進めない。

さあ冥府から黄泉がえって行きます。

 

塙 団右衛門(ばん だんえもん)と樫井古戦場跡

 

の時に一緒に討死にした淡輪重政のことに触れてないことに

気付きまして。

 

この人は限りなく和歌山に近い大坂の南の端っこの土豪でございます。

関ヶ原後に領地を召し上げられたために、失地回復の為に大坂方に

組しますが塙 塙 団右衛門共々樫井の戦いで討死にします。

でもって、 団右衛門の五輪塔の近くに淡輪重政の五輪塔もあります。

 

で大坂の陣最期の史跡が

地元堺の月蔵寺。

ここにあるのは大野三兄弟(四兄弟)の三男

治胤の五輪塔です。

この方堺の町を焼け野原にしたのですが。

後にその堺衆によって供養塔が建てられています。

さて、これで長きにわたりました大坂の陣シリーズも

ひとまず終了でございます。

 

それにしても、大坂の陣の史跡ってお墓ばっかし。