(^-^)/はーい Tetsu龍です。
三の城戸から、尾根沿いの道を進むと
ビングシ山、
この辺りは防人の宿舎などがあったところと云われています。
土塁と門跡があり、下へ行くと二の城戸、
上に行くと軍道に繋がっています。
防人宿舎の建物跡がある辺りは、
少し山側に入った鬱蒼とした林の中なので、
すぐ近くに海岸線があるとは思えません。
ビングシ山には、この城唯一の土塁と、
柱門跡の礎石があります。
掘立小屋跡は、復元されて休息所に。
防人の気分や。
この日対馬はほぼ快晴、日向に出るとかなり暑かったんやけど、
森の中は意外と涼しくて熱中症の心配はありませんでした。
それにしても、広い。
鬼ノ城に行った時も思ったけど、古代山城はとにかく広い。
まあ山一つ城にしてんやもんね。
さて、一口に古代山城(こだいさんじょう)と云っても
色々あるようで
664年 筑前水城(みずき)
664年 周防長門城(ながとのき)、筑前大野城(おおのじょう)、
肥前基肄城(きいじょう)、肥後鞠智城(きくちじょう)、
667年 大和高安城(たかやすのき)、讃岐屋島城(やしまのき)、
対馬金田城(かねたのき) 等は、
白村江の戦いの後に、
大和政権の手によって造られた国家プロジェクトの城で、
百済武官達の指導によって造られたと云う記述が見られるものもあります。
俗に朝鮮式山城と云われるやつですね。
鬼ノ城なんかは神籠石式山城ちゅうて、
史書に記載のない謎の城なのだそうです。
さて、今回は一回で二の城戸まで行こうと
思ったのですが、写真が多すぎて辿り着けませんでした。
これでも、かなり写真絞ってんやけどね。
つづく













