上手く言えないけど(すでにここで責任を逃れる付箋)地域性とか、お国柄とか、時代性とかで人間個々をカテゴリーで括るのは常套手段として常にとられてきた万国共通の汚い手でありました。言っている本人も何処かに属しているのか、あるいはその人は高尚などこか(神の御座)から見下ろしているのか。どうかは、俺も知らないし世間も知らないだろうし知りたくないだろうし(知りたくなくても、尻は綺麗にたもてよ)。って、眠たいことばかり言っているのは人間の普遍性はたしかなんだから、眠たいことばかり言っているのは、、、(デジャブだ・・・)シャイゼリアで晩餐晩餐館、最後の晩餐、晩餐。晩餐館!下手したら、火つけられるぞ!
 だって、言っているじゃん、焼肉焼いても家焼くな、って。戦火のヴェトナムでの坊(ぼん)さん、自分自身に火をつけた。それが、国民性?。

 ねぼけないで、ぼく達は人間っていうカテゴリーしかないんだから。それで、人種差別、身分、生れなんか関係ねぇよって、息巻くような平等主義者じゃないよ、僕は。でも、人種、お国柄、地域、町内、家族・・・って、どんどんマクロ化していくのが人間のコミュニュティーの健全性(民主主義の一環?)で、その途中には仲間とか親友、同士なんていうのもはさまっていて、さいごはやぶれかぶれぶにテメェー個人一人が残って踏ん張って、その彼も鼻息荒く、荒くれ者の一人なのさ。


世界で戦争がおこれば、対国家間、対民族、対他町村、対他班(町内の)って、どんどんせばまっていって。対、にあたる敵を外に向けているのが、どんどんその敵が身近になっていって、家族間にまで狭まったときに、君は一人、個人として、対を君以外のあらゆる外に向けて牙をむきつづけなければいけないほど、HIな場所でギラギラしていなければならないんだね。まるで抜き身の刀を杖代わりにして、何かの加減で(ネコの尻尾を踏んじまった、とか)針が振り切れるほどに、脳の血管が沸点迎えた血液の流れで切れそうなほど、『キィエ~ッ!』って、叫び声をあげなよ、その時がきたら。僕は君を支持するからね、多分ね。

 ボクノキンギョハ誰ニモミセナイ。ダッテ、ボクノお小遣いデカッタンダモン。


 サリンジャーの「ライ麦畑」で読めるいくつかの一つ。 『がっぽり眠れよ、くそったれ共!』なんて、若い奴のなんだか分からないうっぷん(怒りの爆発)なんてどうでもいいや。分からないっていうのは理解できないわけじゃなくて、説明をつけられない(つける程じゃない、くだらない)自分自身も持つ怒りね。


 意味もない長文。内容がないよう。じゃなくて、これは文章として成立しているのか?というほうに興味を我ながら持つ。


 次回は、UFOを建設し続ける、ボクの父について書いてみたいと思います。父はUFOを建造しずける、ボクの空想の人物です。ボクが血を分けいただいた父とはなんの関係もない僕の頭の中にいつの日からか住み、生き、生活している、幻想の衣装を纏った幻覚です。厳格清廉な純粋培養地の中から生まれいずつ者です。はっきり言って、大嫌いです。だっいきらいです!!