知的障害の次男が一眼レフカメラで撮影した

桜。


私の父は私が38歳の時に他界しました。

肺がんでした。

人から好かれ優しく、働き者。

ずーっと勤めあげた会社を定年退職してから亡くなる64歳まではシルバー人材センターに登録して、車のタイヤメーカーに勤めていました。


私たち姉妹、とくに妹はとにかく甘やかされ、可愛がられていました。

私も6年生になったあの日までは

父が大好きだった。


父の性暴力のきっかけは

多分、母と性交渉出来ない、浮気する勇気もない、店に行って処理する気もない、黙って言うこと聞くのは長女だ!

からではないかと私は思っています。

事実、私は12歳から19歳まで彼氏が出来て同棲するまでずーっと性的虐待が続いていたからです。

誰にも打ち明けれず、

もし母に相談なんかしたら

家庭が壊れる!

妹も悲しむし母も悲しむ。

黙るしか無かった。


今は、父親の性的虐待で、娘が警察に相談→逮捕とかありますが、

昔はやっぱりなかなか言えない時代でした。


母も一昨年、膵臓癌で亡くなりましたが、

母には晩年泣く泣く打ち明けました。

涙を流して父を許さないと言ってましたが、

そうなる過程は母も作っていたので

母の話はまた後ほど。

後日お話ししますね。


父は、私が妊娠して子ども産んでからはビタりと止み、孫に慕われいい余生を送れたのだと思います。


私は

父を決して恨んではいません。

少なからず、大好きな父でしたから。


読んでくださりありがとうございますびっくりマーク