私の世代の外科医は,
実は,あるがん治療の歴史的推移の
真っ只中にいた体験者である.
ある治療とは,『乳房温存療法』のことをさす.
私が乳がんの手術を学び始めた20世紀後半の頃は,
乳房全摘手術(Auchincloss法)が標準術式であった.
また,時代は
乳房温存手術が台頭はじめた頃でもある.
乳がんに限らず,
拡大手術が当たり前のように行われていた時代,
『がんを小さく切り取るなんて治療がありえるのか?』
と,医学界が喧々囂々となったのは自明の理といえる.
私の乳がん手術の師匠の故・F先生(大御所だった)も,
『がんが残るような手術が許されるのかなぁ・・』
と医局で呟いていたのを思い出す.
そして,月日は流れ,
いつしか乳房温存手術は
当時の喧騒がまったくなかったかのごとく,
当たり前の治療法になった.
医学的検証がされたのはもちろんであるが,
患者さん達の声・選択・後押しも
大きな要因だったように思う.
当時,
乳房全摘手術から温存手術導入への切り替えに
遅れた医療機関の乳がん手術件数が減ることで,
世の中の患者さん達のニーズをそこで初めて知ることになり,
慌てて,温存手術導入を進めた医療機関があった.
医療者だけの世界ではなかなか進まない話が,
患者さん達の「声」で潤滑油を刺された如くに
前に進んだのだ.
さて,
少量抗癌剤治療・・・
一般には非標準治療の扱いではあるが,
「世の中の常識」,
「皆の言っていることが正しい・・・」
それらが翻るのを目の当たりにしたのは,つい最近の話である.
だから,
当院は少量抗癌剤治療を行っていることに対して,
なんら引け目を感じることがないのだ.
少量抗がん剤治療が
患者さんの治療の選択肢の1つとして
当たり前に受け入れられる世の中が来ると信じている.