筋肉を使わないでいると萎縮して筋力が低下する.
これを廃用萎縮という.
下肢の筋肉が廃用萎縮を起こすと,
歩けなくなり,そのまま寝たきりになってしまう.
特に高齢者の場合,
1週間,下肢筋肉を使わないだけでも
歩けなくなることがある.
だから,下肢筋力は日常生活動作(ADL)の
要(かなめ)だと思っている.
さて,
長年当院で肺がんの治療を続けている
シルバーカーを使いながら,
定期的に通院している,とあるご高齢の患者さん.
ある日,自宅で転倒して右肋骨を骨折した.
肋骨骨折は,痛み止めを服用しながら
時間が癒してくれるのを待つしかない.
ところが,
整形外科で処方された痛み止めでは
十分に痛みが取れなかったため,
自宅で寝ていることが多くなった.
聞きつけて,これはマズイということになる.
シルバーカーを用いているような
足腰の弱った患者さんの場合,
それこそ,自宅でじっと寝ているだけで
廃用萎縮が進み,あっという間に歩けなくなる.
要は,痛みのコントロールが不十分ということ.
痛みのコントロールが良好になれば
動ける,歩ける
⇒廃用萎縮が起こらない
⇒寝たきりにならない
⇒いままで通り日常生活が可能
⇒がん治療の継続可能,
となる.
そこで,
医療麻薬を導入し,
24時間痛みゼロにコントロールしたところ,
日常の活動動作が回復した.
当院に通院してきたときの歩き方を見て,
『これなら大丈夫だろう』と,
とりあえず胸をなで下ろした.
さて,
それから3週間後の外来.
今週は,傾眠傾向で起き上がれない.
食事もままならない,とご家族からの報告あり.
今度は,
痛み止めが足らないのではなく,
痛み止めが多すぎた,と判断した.
医療麻薬は痛みを止めるのにちょうど良い量を
使用する分には,傾眠などの副作用は少ないのだが,
本症例は,肋骨骨折の治癒とともに,
元の痛みが軽減してきたため,
相対的に医療麻薬が過剰になってしまった.
急いで痛み止めを調節したところ,
元の状態に復帰した.
そして,
下肢筋力は衰えることなく,元気に通院中である.
高齢者のがん診療では
抗がん剤以外のところでも
いろいろ気を配る必要がある.
特に転倒や外傷のあとに
ADL 低下を起こさないように,細心の注意が必要だ.