ちょうど2年前の9月26日午前3時過ぎ、この時間帯に
「今、病院から電話がかかってきた。これから病院に行ってくる。覚悟しておいてね。」と母親から電話がありました。
それは、入院している祖母の体調が悪化したとの連絡でした。
それから、20分後ぐらいしてから、
「間に合わなかった・・・。」と電話がありました。
私は、始発の電車で実家に向かいました。家に着いた時には、既に、祖母の遺体が病院から運ばれていました。
「家族、親戚の悲しむ顔をみるのが、こんな辛いことなんだ。」
「死んだら、何も残らない」
など、いろいろと考えさせられ一日でした。
祖母は、浦安生まれ浦安育ちとずっと浦安人。
私は小さい頃、よく悪いことをして家を追い出されたりしたときに、家に入れる役割をしてくれたのは、祖母でした。祖母が家にいないときは、帰って来る時間まで外で反省(公園で遊んでたけど)して、勝手に家へ入り込む。そんな悪ガキの私によく肩を持ってくれたなと感心しています。
3年前ぐらいから祖母は認知症になり、
私がたまに実家に顔をだすと、祖母はいつも
「社労士試験はどうなった?」、「社労士ってなんだけね?」、「年金のこと、おい(私)にも教えてくいん?」とか、「いしゃ(あなた)、たまにはゆっくりしろえ、無理ばっかして」などお決まりの言葉をよく言っていました(一部、浦安市の方言がございます)。
毎回、私も同じセリフを答えるだけでした。
しかし、ありがたい事に私が社会保険労務士の試験を受けることは覚えてくれたようです。
最後に会話したのが、2年前の正月。
「この日が最後の会話になるかも」と、なぜか私はそう思い、年始に帰省して祖母が入院している病院に行ってきました。なので、その日の会話は今でも覚えています。
残念な事に、その会話が本当に最後でした。
社会保険労務士の本試験直前期になると、祖母の体調がさらに悪くってしまいました。
会社を早退して、病院に行ったが余りに変わり果てた祖母の姿にショックを受けてしまいました。私が近寄ると、祖母は「この人、誰?」といった顔つきで私の顔を見て、また、眠ってしまいました。
本試験を受けるべきかどうかを考えながら自宅へ帰りましたが、
今、自分に出来ることは、「いい報告をすることだけだ」という思いで受験することに決め、本試験を無事に受けることができ、また合格することができたが、祖母は合格発表の前に他界してしまいました。
ご飯も食べたかどうか分からない程の認知症だったのに、私の試験のことを気遣ってくれて応援してくれたのに合格の報告が出来ず、自分の不甲斐なさが許せず、合格のうれしさより悔しさが大きかった。
この思いが社労士事務所を開業したきっかけの一つでもありましたかね。
2年前の気持ちを忘れることなく、今日も仕事がんばります!!