●香高堂食の文化記=エビカニ食合戦

 

今の日本と同じように、マルセイユの街中から魚屋は消えており、魚介類はほとんどがスーパーで売られている。ムール貝はスーパーでバケツぐらいの大きさのパックで売っていた。牡蠣のプレートは近所の<レストラン付き魚屋>で手に入った。

 

 

日本帰国後のある時、家のカミサマが「イタリアで食べたスカンピのパスタが食べたいね」と言ってきた。日本では<手長海老>だが、伊勢海老並みで高く諦めていた。仏語で<ラングスチーヌ=LANGOUSTINES>のことだ。マルセイユでは茹でた海老が多く、ラングスチーヌはあまり見かけない。街中の魚屋レストランで見かけたのを思い出し、買ってみたが茹でたものだった。見た目で生かどうかは分からない。仕方なくトマトソースのパスタを作ってみたが、やはり茹でたものには味の深みがない。

 

 

再度街中に出て、拙い発音で「Bruit(生)かBouilli(茹でた)」と聞いてみた。聞き取れたかは分からない。店員は身を拡げるようにして見せてくれたので「demi Kilo」と言って買ったが、2回分以上は優にあった。

調理は二つ割りにしてオリーブオイル、香草類、ニンニクでグリル、白ワインなどで蒸してトマト、バター、生クリームを煮詰めてソースにする。ほとんど食べるところは無いが、イセエビよりも濃厚で殻は柔らかく、非常に甘みが強い。ミソはクセはなく、濃厚な旨みを持つ。

 

 

この味が忘れられなくて、帰国後ずっと探していたが見つからない。過日、色鮮やかなカニの手足を見つけた、それほど高くない、そこには<渡りカニ>と書いてある。ラングスチーヌと調理法は同じだが、出汁として味は薄く、白ワインを多く入れてじっくりと煮込むのが良いようだ。3回目にしてやっと満足できる味になった。出回る旬は初夏から夏だが、雌ガニの内子が充実し、味的に美味しい旬は秋から冬となる。これから、暫くの付き合いになるだろう。

 

どうやら和名<ガザミ>らしい。<渡りカニ>はボートの櫂のような第5脚を巧みに操って泳ぎ、遠くへ移動することから命名されたようで、フランス料理に用いられる<Etrille(エトリーユ)>もワタリガニの一種らしい。一方、月夜に群れをなして泳ぐことから「月夜ガニ」とも呼ばれる。また身が少ないということから、つまり頭が空っぽな人をいう。口の中でブツブツつぶやくことの例えは<カニの念仏>と言う。まるで今の政治家のようだ。

 

ところで、水揚げ量における日本でカニのメジャーブランドは「タラバガニ」「ズワイガニ」「毛ガニ」「花咲ガニ」となって、「ワタリガニ」は近年知名度を上げているようだ。殻は固いが花咲ガニが一番美味しい。

そう言えば、沖縄久米島では<エビ汁>と言っていた味噌汁があったが、これはガザミ=ワタリガニのようだ。