●香高堂世迷言=錆びついた身体に油を挿す日々

 

【さびる】と言う言葉がある。「荒(さ)ぶ」に由来する語で【寂びる】と書けば、古くなって特有の趣きがある意味だが、声に渋みが出て、物静かで趣があるのかは分からない。また、【錆びる】は金属の表面に錆が生じること、運動不足で身体が錆びてきたなどと使われる。

 

日本帰国後約2年になるが、能力や働きが鈍くなってきた。関節が錆びつき、筋肉が筋肉が落ちて、ガタガタビシビシと悲鳴を上げていた。確定申告のために医療費を整理していたら、強張り解消のためカイロプラテックに通って焼く1年になっていた。謂わば、錆ついた機械や歯車に油をしている状態だ。

 

 

カイロプラテックで骨格と筋膜の矯正を続けて、やっと70肩から抜け出せたようだ。だが、油断すると直ぐに強張りが出て来る。さらに足裏皮膚が薄くなって、靴底を感じやすくなる。面の皮だけは厚くなっているようだが、寄る年波に勝てない部分が出て来ている。日常生活でも指先に感じる感覚が鈍化し、物を掴む時は「掴むぞ」と意識しないと取り落としてしまう。

 

また、ペットボトルの蓋が回らない、缶や瓶とも格闘している。また、チュウブ製品の中蓋部分のアルミ箔が引っこ抜けない、DMのカタログのビニールパッケージなどが開けづらくなっている。ハサミ、カッターを使うことは日常茶飯事で、そのうち指紋が見えなくなるかもしれない。だが、私は<おじいさん>になったが、まだ<お年寄り>ではないようだ。

 

通販CMでお馴染みのサントリーウエルネスが20~79歳の男女を対象に「言葉からイメージする年齢」を聞いた調査がある。「シニア」が平均61歳、「おじいさんおばあさん」が69歳、「お年寄り」は73歳だった。一方、実年齢と実感年齢の感じ方に年代で差があり、実感年齢が若い人はデジタルリテラシーが高く、その必需品としてデジタルアイテムを使用していると推測もしていた。

<実感年齢>は考えたことは無かったが、実感年齢が若いようだ。ただ、自由に外出できない日々と寄る年波に歯がゆさを感じ、イラつきを募らせながらも、毎日毎日暮らし続けている。

 

身体の歪みは精神の歪みを生み出すが、それを正すと「分かる、解かる人間への当たり」を感じる時が持てるのかもしれない。<当たり>を感じる意識がある、それは宝くじや競馬では無い。魚釣りが好きなら、魚がヒットするの感じを知っているだろう。当たりを感じて釣り上げることが出来るが、そこのツボを逃がしたら魚に逃げられてしまう。釣りは精神集中のスポーツの様だが、幼年時代以来、釣り竿は握っていない。

 

カイロプラテックを受けて約1年、カイロは骨格のズレを直し、ずれた筋膜をほぐし整えるものだ。やっと首肩がほぐれてきたようで、骨の位置を直すと筋膜が柔らかなり、「ふわっつ」と緩みを感じる時がある。その感覚を覚えることが何事にも肝要になるようだ。だが、まだ一瞬でしかない。

 

 

平日午後はインドアのゴルフ練習場に行き、1時間程練習と言うより、身体の動き具合を確かめている。まずは<身体の真っ直ぐ感>を意識してアドレスを段取り、クラブをゆらゆらに握り身体の力を抜く。距離を出すのは諦めて、まずは飛ぶ方向を一定にする。振り子を意識して振り切るようにしているが、身体が固いので体重移動がスムーズにいかないそれが今の一番の課題だ。

 

毎朝起きて、近くのコンビニに新聞などを買いに行く。途中の路地でやることは「腕を回しながら身体の強張りを感じる」「足指の付き方や歩様がスムーズさ」を確認する。その後朝食前に15分程「柔軟体操、スクワット、ヨガの動き方、ゴムバンド運動」などを組み合わせたものを行う。

 

 

朝の運動もゴルフも<首・肩・腕・股関節・足首>を意識しながら行うが、何年もやっているのにやっと<意識する、感じる場所>が分かってきた。まずは真っ直ぐ立つことを意識する、身体のどこかに歪みがあると曲がる、曲がったままにすると歩行が乱れ、左右のバランスが崩れる。

そのために、

①首を立てる意識=顎を引いて、少し上向きの視線を維持する。

②胸を張る意識=肩をあげず、両肩真っ直ぐ、脇を締めるようにする。

③腹筋を感じる=お腹を引っ込ます、丹田を意識してお腹を引っ込ます。

④内転筋を意識=太もも内側に意識を入れ、両膝がつくようにする。

⑤足指の着地を感じる=歩行は踵から足指を付くが、左右のズレを直す。

 

身体を真っ直ぐにする日々であるが、<件の禍>がまだまだ蔓延る中、<当たりを感じる雑談>がまだ出来ない。