本日某局の局長面接を受験し終わって
久しぶりに筆を執る。

今回の面接の一番の反省は、
相手の質問の本質とその回答を使って伝える私自身の本質ということにまったく目が向かなかったこと。

やはり控え室で盛り上がると、どうしても会話に注力してしまう傾向がある。

じっと耐えてじっと準備することも必要だ。


さて、質問と回答が本質に落ちず上滑っていたということはどういうことか。

それは、質問に対して私の思考回路が完全に、関連話題を探す。ということになっていたから。

それでは的確に回答できるはずも無く。
自分の努力は、如何に質問とネタ(キーワード)をつなげるかになっていた。


掘り下げようとしてくださる面接官に対して周囲をぐるぐる走り回っているようなもの。


やはり、ネタではなく、その底にある自分の得たモノ、努力、何者か ということに集約されなければならない。

本質を見せるまでのストーリーを描かせていただくだけだ。
そして、それができたら、どんなストーリーが本質を輝かせるかを考える。


キーワードのインパクトから発信していくのでは少し違う。

両方のバランスをとろう。


テレビならまだしも、
一般企業では会話で勝負する面接は通用しない。


「必死に準備して、直前に全て捨てる。」
これに限る。



また、落語家に相手が求めるものも考えて、それとのバランスもとろう。

笑いにどれだけ鋭くて、創作できるかを伝えていかなければいけない。


厳しい戦い。


臥薪嘗胆のために、今日の私の珍発言をあげる。

得たものは、 笑いの力というか、感動体験です。

視聴率は取れなくて良いので、楽しくなくて良いと思います。

~~ です。(質問なんだっけ)



負けに不思議の負けなし!!!

成長あるのみです。

まじめすぎて自分を抑圧してる。




プレッシャーを掛けるやり方から、
希望を原動力にするやり方に変えなきゃ


楽しんでこそ最大限の力が発揮される。
本質(ほんしつ)とは、

あるものがそのものであると云いうるために最低限持たなければいけない性質をいう。

もしくはそうした性質からなる理念的な実体をいう場合もある。

或る存在を必然的にその存在として規定する内実がその本質である。

伝統的には、「それは何であるか」という問いに対する答え(「何性」)として与えられるもの。

それに対して、ものに付け加わったり失われたりして、そのものが、そのものであることには関わらない(必然性のない)付帯的な性質を、偶有(性)という。

一般的には広義の使われ方として、「見せかけ」や「表面上の事柄」に対する概念としての「正体」や「真
髄」など

「ものの奥底にある表面的でない、中心的な、本当の性質」の意味で使われる。


対義語は現象。




大方イメージどおり、


本質とは、 要素をさすのか、  ある事象の、核となる唯一(事象の一番重要な意味)

どっち