~西洋美術館~

秋晴れの空が清々しい9月。吹き寄せる風は冷気を帯びはじめ、僕の心にも変化の兆しが見え隠れしていた。
「誰かの代わりはイヤ」、横浜でキミが口にした言葉を思い返す。そう、今まで僕はキミのことを身代わりとして見ていたのは事実。心の隙間を埋めたかった、そんな気持ちでキミを抱いていたんだね。それがキミをひどく傷つけてしまった。

だけど、キミの言葉が僕の何かを変えていった。改めてキミを見て、キミを知って、僕の心が大きく波打つのを感じていた。

キミが好き・・・

伝え方を間違ってしまったけれど、僕は自分の本当の気持ちに気が付いたんだ。それからの僕が、どう変わったのか、正直自分ではわからない。僕は想いを秘めるヒトだけど、伝えることができないヒト。そう、不器用なのはあの時も今も変わらない。だけど、キミは僕の気持ちを感じとれるヒトだから、何かを感じとっていたんだね。僕でさえ気付いていない想いさえも。だから、今までどおり、僕の隣りにいてくれたんだね。
それなのに僕は、キミの気持ちを感じとることができなくて、困らせてばかりいたんだね。あの時も・・・


午後2時。上野駅の改札出口には、動物園へ行く親子や、外国からの観光客、美術館へ向かう人たちで混雑していた。すこし遅いお昼を食べて、僕らは西洋美術館へ歩いていた。

「この前の横浜でも思ったんだけど、桜井クンがアート好きなんて、意外よね」
キミは言う。
「意外?ん~それはあんまりいい意味で言ってないよね?いいんだけどさ。これでも年に何回かは美術館に行ったりしてるんだよ」
と反論を試みる僕。
「そうなの?似合わな~い」
キミは失礼なことを言っている。
「まぁね、別に似合っちゃいないけど。情操教育のためには、そういうことも必要なんだよ」
「子どもでもないのに情操教育?やっぱりすこしヘンなヒトね」
「やっぱりってなんだよ~。美優は全然わかってないなぁ」
僕は苦笑いしながら答える。
「そうね、わかってないかもしれないわね」
「そうそう、すこしヘンって失礼なこと言ってるし」
「ごめんごめん、すこしって間違えてるわね。とってもヘンよ、桜井クンは」
「なんだよ、それ~」
ふふっと微笑むキミにつられて、僕も笑みで返す。ヘンという言葉も、キミの口から出ると嬉しく感じる自分がいる。やっぱりヘンかな・・・なんてことを考えていたら、西洋美術館の前にたどり着いていた。

「上野まであまり来ないから、西洋美術館って入ったことないのよね」
「そう?もったいない。ココは都内の美術館の中でも、僕の一番のお気に入り。いいトコだから覚えておいたほうがいいよ」
そう言ってキミと手をつなぎながら、壁にかかる絵を眺め歩く。

「これ、ヘンな絵ね」
ダリの作品を見てキミは言う。それは心の世界と現実世界を重ねて描いたような、いびつな絵だった。
「あ゛~、ダリはこういうの多いね。美優にかかれば、ぜんぶヘンってことになりそうだけど」
答える代わりに、キミは肘打ちをしてくる。
「失礼ね。私にだってわかるわよ。ただ、いびつに見えるのは、現実がゆがんでいるのか、心がゆがんでいるのかわからないから、悲しくてヘンな絵って思ったの」
キミは口を尖らせてそう言った。ゆがんだ世界は心の中にあるのか、それとも外にあるのか。確かにそう思って見ると、すこし悲しい気持ちにさせられる。
「さすが美術を学んだだけあるなぁ」
「選択学科だけどね」
そう言いながらも、キミはすこし得意げな顔。そんなキミと僕の様子を、髭をクルンと巻き上げたダリが微笑みながら見守っていた。


美術館の外に出ると、秋の匂いを乗せた風がふんわり僕らを包んでくれた。
「ん~、気持ちいい風ね」
キミは伸びをしながら、ホントに気持ちよさそうに見える。
「そうだね、気持ちよすぎて眠くなるのが困りものだけど」
アクビ混じりで答える僕。
「それがいいのよ。私、寝るの好きだし」
「じゃあ、寝に行・・・う゛」
と僕が言い終えないうちに、キミの肘が僕のみぞおちに入る。
「ホント、エッチなんだから。困ったさんね」
キミは両手を腰に置いて僕を見遣る。
「寝るの好きって言ったのは美優なのに・・・」
ささやかな抵抗を試みる僕にキミは、
「桜井クンの"寝る"と、私の"寝る"は全然別物です!」
ときっぱり一言。いったい僕はどう思われているんだか。。
そんな僕にはお構いなしにキミは歩きはじめる。
「行きましょう?」
「ん?どこに??」
僕は尋ねる。
「寝に♪」
微笑んでそう告げるキミ。
「なんだぁ、やっぱり同じこと考えてるんだね」
微笑み返す僕に、またしてもキミはばっさり一言。
「ふつーに寝るだけよ」

そんなやり取りも楽しんで、キミを連れて僕の部屋へと向かう。秋の西日もやわらいで、僕らの様子を微笑ましく眺めていた。