エンゼンに誘い殺されるモブのやつです

 

 

 

 君は路頭に迷っている。研究者としてとある研究所に勤め始めたはいいが、その研究所が事故で爆発してしまい職を失ったのであった。君はリヴリー総研から苦労して転職したばかりであり、元鞘に収まるために頭を下げるのももう一度転職の苦労を味わうのもどうにも嫌だと感じていた。君の魂は燻っていた。

 君はどうにか職を得られないだろうか、と思案した。ここで、リヴリー総研を去っていった一人の研究員の存在を思い出した。その人は優秀な研究員であり、鮮やかなマゼンタの角を持った女性であった。風の噂では彼女はリヴリー総研を退職したのち自身の研究室で研究をしているそうではないか。かつて少しは交流もあった彼女に頼み込めば助手として雇ってくれるのではないか?君は思い立ち、彼女と仲が良かった研究員に連絡をとった。そうして彼女の足取りを掴んだのだった。

 

 君は正確な住所を手に入れる事はできなかった。しかし連絡をとった研究員と彼女がよく会うという場所を聞き出す事ができた。研究員は、「彼女とよく話をしてどうにか解きほぐして欲しい」と頼んできた。何かしら思い詰めている様子とも聞いた。君は気合を入れた。彼女に気に入られて職を手に入れるのだ。悩みの一つや二つ自分が解決して見せよう、と。君の魂は熱を持ち始めていた。

 教わった場所は賑わいを見せるパークから少し外れた郊外にあった。なるほど研究者がよく来るであろう、薬品や資材を扱う店が並んでいる。その専門性ゆえに客はまばらで、閉店し廃墟となった店もあった。店の一つから出てくる影に君は鮮やかなマゼンタの角を見た。彼女だ。君は高揚し声をかけた。彼女は久々に会う君に驚いたが、話を聞いてくれた。そして彼女も君に話を聞かせてくれた。

 

 彼女の悩みは、自分の研究がうまくいってない事であった。一人で研究を進めるのは限界があると感じて、助手が欲しかったと語った。君はぜひ助手になりたいと申し出た。なんと都合のいい話だろう!君は自分の悩みと彼女の悩みが一度に解決したことを喜んだ。いや、まだ解決していない。彼女の悩みは研究の進捗の事、解決のためには自分は腕を振るわねば。君の魂は燃えていた。

 君は早速彼女の研究室に招待された。研究室への道すがら、様々な話をした。君は自分には飼い主がいない事、前の職場は爆発し他の研究員は死んだ事、頼れる友人なども少ない事を話した。彼女も頼れる人がいなくて困っていたと笑って話してくれた。

 

 君は彼女の研究室にたどり着いた。寂れたパークの寂れた片隅にある半地下の建物だった。入って、と言われたため君は挨拶して先にドアをくぐった。中には背の高い男が立っていた。不自然に長さが不揃いになった髪の毛の下で優しそうに微笑む表情とは裏腹に、少しの恐怖を感じる風貌であった。兄弟か恋人か?君が彼に挨拶をすると同時に、後ろで彼女が鍵をかける音がした。男は張り付いたような微笑みをそのままにぬるりと近づき、刃物で君の腹を貫いた。君は床に倒れ込んだ。床には布のようなものが敷かれており、男がそれで君を包んでどこかに引きずってゆく。君は痛みと失血で意識を手放そうとしていた。彼女の声が聞こえる。

 

「魂は純粋な生き物にしか作り出せない 人工生命の私達が魂を調達するには、他所から奪ってくるしか無いんだよ」

 

 君の視界は暗転し、再び戻ることはなかった。

 

 

 

 

 薄暗い部屋で君を解体しながら、男は彼女に問いかける。

 

「しらない人なのに、魂のためにこんなことしていいのかなほんとうに、これであの子は喜んでくれるのかな

 

 彼女はため息をつき、あたりに落ちていた本を男に投げつける。男は怯んでメスを落としてしまった。彼女は男の髪を掴んで顔を引き寄せ、もう片方の手で頬を殴った。そして作業台からハサミを拾い、「次に下らない言ったら耳だぞ」と言いながら男の耳の近くの髪を切り落とした。男は微笑みを貼り付けたまま涙を流しごめんなさいと繰り返した。彼女は一通り男を殴ると、目に涙を浮かべ、「兄貴にはちゃんと理解してほしかったんだ、すまなかった」と謝罪した。彼女の魂は怒りに穢れ、火のついた悍ましい研究を突き動かす以外の情熱を忘れてしまったようだった。兄と呼ばれた男は怯えたように作業に戻る。物言わぬ肉の袋と化した君の魂は沈黙していた。