コノエちゃんとタゲテスのなれそめ

 

 

 

 

 

 

最初に目が覚めたのは液体の中。
今思えばフラスコの中だろう。
リヴリーを培養するフラスコの中。
その時わたしはまだ完成しておらず、またすぐ眠りについた。

 

次に目が覚めた時は空気の中。
記憶の処理や身体の検査を受けていた。
それが終わると自分と同じ種類のリヴリーの集団に加わった。
飼い主が決まるまでここで過ごすのだという。
近くには別の種類の集団もあるようで、時々わたし達とは違う形のツノや耳を持つものを見かけた。
無邪気に遊んだりお喋りをしたりする者、こっそりここを抜け出して外の世界を見に行ったりする者、そうしたまま帰ってこない者。いろんな人がいた。
飼い主が決まったと人間やその手伝いのリヴリーから聞いて喜んでいる者を、わたしはいつも羨ましく見ていた。

 

 

わたしはあまり活動的ではないので専ら本を読んで過ごしていた。
花の本が好きだった。美しい橙色の花が表紙の。
もし飼い主ができたなら、外の外にあるというこの花を一緒に見に行ってみたい。
この花のような名前をつけてもらいたい。
餌の虫をかじりながらそう思っていた。

 

人間たちは巨大で、その手伝いをするリヴリーは忙しく駆け回っていた。
検査のため大きな手で掴まれるのにも慣れた頃、ある日わたしは元々暮らしていた場所とは違う場所に解放された。
そこにはわたしの他に6匹の同種。
人間によるとわたしたちは選ばれたのだと言う。
人間は我々に名前をつけた。
わたしは07。
あまり美しくない名前だが、飼い主が決まったのかと思い我々7人は喜んだ。
その後はしばらく検査が続いた。
餌はなんだかとろとろとしたものを貰っていた。虫の味はしたが、別の味もした。

 

花の本を読み、いつ飼い主に会えるのだろうと思っていると同種の一人が話しかけてきた。

 

「何見てるんだ?」
「花の本さ。外の外にはわたしたちより遥かに大きい美しい花があるそうだ。」
「ふーん…確かにきれーだなあ…」

 

そいつは細い目をさらに細めて本の中の花を眺めていた。
長く太い睫毛の束が花弁のようで、花が花を見ているようでおかしかった。

 

「…ふふふ」
「ん?何笑ってんだよ。」
「いや、何でもない。きさまの目が花のようでな…」
「ははは!なんだよそれ!」

 

2人でひとしきり笑った後、検査のため一旦そいつは去っていった。
検査…何の検査をしているのだろうか?
飼い主に引き渡すのにそんなに厳重に調べなければならない事があるのだろうか。
まぁ、…規則でもあるのだろう。

 

別の日。
「またそれ読んでんの?」
そいつはまた話しかけてきた。

 

「なぁ、どの花が一番好きなんだ?」
「表紙のこの花だな。凛として美しいだろう?わたしは飼い主が決まったら外の外にこの花を見に行きたいのさ。」
「へぇ〜、お前より綺麗かも。」
「…06、きさまは失礼な奴だな」

 

また別の日。
「これ、なんて書いてあるんだ?俺一種類しか識字植わってないから、この字はわかんねんだよな。」
「これはマリーゴールド。隣はクジャクソウ。その下はタゲテス。どれもこの花の名前だな。」
「ふーん…こんなに名前がいっぱいあんのか。なんか複雑な名前だな〜。」
「そうだな。わたしもこんな名前が欲しいよ。今の名前も悪くないが…」
「なら一個貰っちゃえよ!花は名前がいっぱいあんだろ、お前も2個持てばいいじゃん!なんだっけ花の名前…タゲテス!タゲテスだ!飼い主にもさ、そう呼んでくれって言えば呼んでくれるんじゃないか!?」
「タゲテス…ふふ、いいな。きさまもそう呼んでくれよ。」
「おうとも!」

 

別の日
「何読んでるのっ?」
「…あぁ、02、と言ったか。これは花の本だ。見てみるか?」
「わー!綺麗!」


小柄な02が寄ってきて、無邪気に話しかけてきた。
本の中の花を楽しそうに見ている。
楽しげに体を揺すっていて、それに合わせて平均よりだいぶ短いツノが髪の間から見えた。

 

「タゲテス!と02!何話してんだ?」
06の大声が聞こえた。
「タゲテス?それって、07のこと?」
「そうだ」
「そうだぞ!花と同じ名前!…どの花だっけ?」
「おいおい、きさまが付けてくれたんだろう…」

 

別の日。
「なあお前ら、飼い主が決まってもさ、俺たちまた一緒に遊ぼうぜ!」
「そうだな。」
「ねぇねぇ、なんなら、あんまり喋った事無い子もさ、集まったりできたらいいね!」
「そうだな、早く飼い主が決まると良いな。」
「にしてもべちゃべちゃの餌飽きたな〜、またあのパリパリの食いたいな。」
「虫…久しく食べていないな。」
「ごはんおいしいな〜!食べないなら貰っちゃうよ!」
「ばかやめろ!」

 

別の日。
「なあ!検査終わりに聞いたんだけどさ、なんかそろそろって言ってたぞ、人間!」
「ということはもうすぐ…!」
「楽しみだな!」

 

ある日 01と02がここを去った。
飼い主が見つかったのだろう。
夜のうちに消えていて、別れを言う暇もなかった。

 

ある日03が消えた。
なんの前触れもない。
ここより前にいた所ではこんな急な事はなかったはずだが。

 

ある日04が消えた。
どこへ?本当に飼い主の元へ行ったのか?

 

ある日05が消えた。
そもそも我々はなぜ検査を受けていた?
外へ出るのにそんなに調べる事があるのか?
ここから外へ出て帰って来なかった者は普通に外で暮らしていると以前手伝いのリヴリーから聞いた。
検査もなしに飛び出たリヴリーは連れ戻される事なく伸び伸びと生きている。
外に出るのに検査は必要ないのでは?
じゃあ、なぜ我々は集められ、厳重に検査を…別の餌を…番号を…

 

ある日 06とわたしは共に消える事となった。
人間の言っている事はよく分からない。
魔法回路を繋げる実験?なんだそれは。
手伝いのリヴリーは忙しなく薬剤か何かをいじっている。

 

我々の目の前には蠢く肉の塊。
胴体、尻尾や足や腕、目、ツノ…様々なパーツが大量に連結された異形。
どれも見覚えがあるような、…
大きなツノに紛れて生えている平均より小さなツノを見たとき、確信を得てしまった。
これは…
06が恐怖に顔を痙攣らせる。


「なんだ、これ…」

 

不意に、背中に痛みを感じる。
体に力が入らなくなり、その場に座り込んだ。
しかし意識ははっきりと…弛緩剤?
前みたいに逃げたり暴れると厄介だからな、と言うのが聞こえた。人間の声かリヴリーの声かは分からなかった。
わたしが逃げたり暴れる可能性のある事を今からするのか?

 

大きな手が06を掴む。
06が視界の横端から遥か上へ。
よく分からない道具がそいつを貫く。
よく分からない作業が進む。
06の大声が聞こえるが何を言っているか聞き取れない。
よく分からない。分からない。
飼い主を待ち続けていたのではないのか?
なんだこの仕打ちは?
呆然とそれを見ている内、ふと気づいたら先ほどより一回り大きい肉塊がそこで蠢いていた。
花のような細い目がこちらを見ている。
あいつの目にそっくりだ。
そりゃそうだ、それそのものだから。

 

視界が変わる。
大きな手が自分の体を掴み

 

 

 

 

 

 

 

(暗転)

 

 

 

 

 

 

ここはオリの中で
誰かの声がたくさん聞こえて
自分の思考に別の思考が干渉し
別の思考に自分の思考が干渉する
あぁ…餌の時間だ 飯を食わなきゃ たすけて にしてもこのべちゃべちゃ飽きたな ごはんはおいしいなあ 虫を久しく食べてない気がする 怖い

 

失敗作 失敗作 失敗作 失敗作
グズだ 役立たずだ 醜い 汚らしい
近いうちに処分しなければ 早く
餌がもったいない 憎たらしい
失敗作 また実験しなければ 醜い
オリごと捨てるか いやいや出して殺そう

 

人間の声が聞こえる いや自分の声?どれが自分の声だ いやこれは独り言かな 違うよ人間の声だよ 怖い たすけて たすけて 自分は必要とされてないのか あんな目に遭ったのに そんなの嫌だ でもそうなんだよ どうすればいいの 受け入れようか これ誰の声?自分ってどれだ?

 

昼も夜も分からない
ひたすら否定の言葉を投げつけられ、餌を食い、ただただ生きてる
手伝いのリヴリーが忙しなくオリの前を行き来する
一回、二回、三回………

 

どれくらい経っただろう
大きな音がした 声もたくさん 悲鳴?爆発?
こわい 何が起きてる?たすけて なんだどうした 関わりたくない 自分は醜い失敗作だ たすけて

 

 

ガシャン!!小さな手が大きな音を立ててオリを掴む
「お前ッ!強そうだな!」
小さなそいつは大きな目をこちらに向けた
お前ってどれだ わたしか あいつか 俺? 私かな こいつか どいつだ 僕かも

 

「脱走を手伝わせてやる!うまくいけばお前も一緒に逃げられるぞ!」
脱走?

 

そいつはオリに何かを括りつけながら叫ぶ

 

「名前!名前はあるか?無いなら今決めろ!」
「名前…」

名前は…

 

思考が戻る。
名前、わたしの名前…!

 

「…!!名前っ…!そうだ、わたしの名は…タゲテスだ…!」
「よしタゲテス、オリの奥に下がれ!」

 

言われるまま後ろに下がる。体がうまく動かないが…

 

その瞬間、オリの手前で爆発が起きた。
オリは頑丈で柵にヒビが入るだけで終わったが、大きな音に驚いて心臓がバクバク言っている。心臓ってこんなにたくさんあったか?

 

「ボーッとすんな!ブチ当れ!お前でかいんだからこれで出れるぞ!」

 

でかい?よく分からない。
しかし今はこいつの言う事を聞こう。
わたしは柵に向かって体をぶつけた。オリは簡単に破れた。
痛みが紛れるのを待っていると、いつのまにか背中に小さな体のそいつが乗っかっていた。背中に?

 

「私はコノエだ!ここから逃げるぞ!タゲテス、走れッ!!!」

 

手が地面を突く。考える前に体が動く。
足がいくつあるのかとか 自分がどれくらい大きいのかとか そういう事はもう気にならなかった。
背中でそいつが笑い声を上げる。まだまだ爆弾は残ってんだとか、お前最高だなとか言っている。


周りで爆発が起こる。こいつが仕掛けたのだろうか。
手伝いのリヴリーが腹から上だけで落ちていた。
爆風に後押しされながらわたしは走った。


「そこの隙間だ!入れ!」
壁のヒビ割れに体を突っ込み中を通り抜ける。
先に光が見える。
外だ。


不可解な事はまだたくさんある。
しかし今はひたすらにそれを目指し走った。
走らなきゃいけない気がした。

 

 

 

 

 

(暗転)

 

 

 

 

 

「むにゃ?」
「おっ、タゲちゃんおはよ。ご飯あるぞ。」
「あぁ…コノエちゃん、おはよう。」
「なんかジタバタしてたけど夢でも見てた?」
「まぁ…何か見てた気がするな。なんだろう、懐かしかったような、思い出したくないような、思い出したいような…忘れたよ。」
「そっか。そうだ、朝飯あるから、新鮮な内に食っとけよ。」
「ありがとうコノエちゃん。もう少ししたら食べるよ。」

 

人目につかない岩山に作った寝ぐらの中で、足も手もツノも目も耳もたくさんある体をもぞもぞと動かす。
魔法を上手いことかけて体を縮め、人一人分くらいまで圧縮した。慣れたものだ。


朝食の前に鏡を見る。
圧縮してもなお瞳孔が三つある左目、犬歯ばかり並ぶ口、二つある舌に四つある耳、大きなツノと小さなツノに枝分かれしたツノ。あぁ、今日も醜い…
蔑まれるためのような顔をうっとりと見ていると、花のような睫毛の束の下の目とわたしの目が合った。
なぜか懐かしい感覚がしたが、まあ、気のせいだ。
昨日も見てたし、わたしは最初からこの顔だ。


わたしは髪を整えると、コノエちゃんが用意してくれたきゅうりと虫を受け取った。