キョーコSide
今、敦賀さんと私はイタリアンレストランにいます――。
パスタはとても美味しいけれど…私はちょっと憂鬱…。
だって…そろそろ日も暮れて来ちゃったし。
今日は沢山歩いたから少し足が痛いけど…とても楽しかったわ…。
夢のような時間はあっという間に過ぎてしまうものなのね…。もしかして食事が終わったらカインとセツカも終わっちゃうのかしら……?
イヤよ…!もう少しだけ兄さんと一緒に居たいわ――…。
「……セツ…セツ…?聞いてるのか…?」
『…えっ?ごめん兄さん何か言った?』
「…これからが今日のメインイベントだぞ…セツ」
兄さんはそう言ってニヤリと微笑んだ。
「これからプラネタリウムに行くぞ…!」
『え…?…本当?!』
まだもう少し…一緒にいられるの…?
思わずキョーコの顔から満面の笑みが零れた。
そして2人は食事を終えた後、●●ビルへと向かった。最近新しくオープンしたばかりの大きなビルで、中にはプラネタリウムの他にも色々なお店やホテルなどがある。
太陽は完全に沈み、外はすっかり暗くなっていた。空は雲で覆われていて月は隠れ姿が見えない。
「セツ…ここに座るぞ…」
『うん!兄さん!!』
プラネタリウム内の席に着いたキョーコはかなりワクワクしていた。
あぁ…!緊張するわ…!だって初めて観るんだもの……!
小学校の遠足の時は熱を出して行けなかったから、とても悲しかったのよね……。
そして暫くすると会場内は暗くなり、アナウンスが流れ出し、天体ショーが始まった。
満天の星空が2人の上に広がっていく――。
『うわぁぁ……!!…なんて綺麗な星空なの……!!』
キョーコは初めて観るプラネタリウムに一瞬 身震いをした。
世界は…こんなに無限のように広がっているのね……。
まるで宇宙空間に浮いているような不思議な錯覚がして来る…!
そして…この沢山の星々は…何億年もの時間を掛けて…誕生したり…また消滅したり…。
…宇宙の歴史の中で私が存在している時間なんて…本当にたったの一瞬に過ぎないわね……。
彼女は横にいる蓮の顔をちらっと見た。
こんな…こんな…広大な世界の中で…貴方に出会う事が出来たなんて……!
キョーコの頬から自然と涙の雫が零れ落ちた――…。
たとえ結ばれる事は出来なくても…出会えただけで本当に奇跡だわ……!
『…………とう…兄さん…』
「…ん…?」
『…連れて来てくれて……ありがとう…兄さん…』
…私と出会ってくれて…ありがとうございます…敦賀さん……。
感激でキョーコの瞳からは涙が止まらなくなっていた――。
『…兄さんに出会えて良かった…!』
…出会えた奇跡にも…感謝しなきゃ…私は今までずっと運が悪いと思っていたけれど…そうじゃなかったんだわ…!
そう思って敦賀さんの顔を見ていたら…彼はそっと私の肩に手を回して…優しく包み込むように抱き締めてくれた。
「……泣いているのか…?…セツ…?」
そして…そっと…私の頬を手で拭ってくれた……。
『…兄さん…大好きよ…。』
「…あぁ…セツ…俺もだ……。」
その後…兄さんはアタシにこう耳元で囁いた。
”いつか本物の満天の星空を お前に観せてやる”と――。
たとえその時が永遠に来ないとわかっていても、その言葉はとても嬉しかった。
もう…カインとセツカは終わりだから…。
この星空と同じ――…。彼らは…つくられたモノ(人物)…。私も敦賀さんも…本物のヒール兄妹ではないから…。
この天体ショーに終わりが来るように…私達ヒール兄妹の舞台にもそろそろ幕が下りる。
永遠に観ていられたらいいのに――。
そう願ってしまう私は…狡い女ですか……?
天体ショーが終わり…兄さんはアタシの腰に手を回して…アタシは兄さんの胸に顔をぴったりとくっ付けたまま…無言で会場から出てビルの中をゆっくりと歩いていく。
言葉は何も出ないの……。
まだ帰りたくない――…。
もっと一緒にいたいの…貴方の傍に――…。
人通りが少しずつ減って来たオシャレなお店が並ぶこのビル内から…切ないラブソングが流れて来る…。
まるで…今の私の心境を…代わりに唄ってくれているみたいね…。
キョーコは自嘲の笑みを浮かべた。
本当に…幸せな…時間だったわ…一生忘れられない思い出になるわね…ありがとうございました…敦賀さん…。
そしてキョーコは心の中で深く感謝の気持ちを蓮に告げたのだった。
* * *
プラネタリウムへ行く話をした瞬間、君は満面の笑みを俺に見せてくれた――。
ただ…単純に嬉しかった…。
君も今俺と過ごしている時を楽しんでくれているようで…。
ここのプラネタリウムの場所を知ったのは、撮影の休憩時間に楽屋でたまたま見ていた雑誌だった。
見つけた瞬間、君の事が頭に思い浮かんだ…メルヘンな世界が大好きな君はきっと喜んでくれるだろうと…。
俺の予想通り…プラネタリウム会場の席に着いた君は瞳をキラキラと輝かせてショーが始まるのを待っている。
そんな彼女の姿も…愛おしいと思った…。
見上げると広がる…素晴らしく美しい…輝く宇宙の星々―――。
『うわぁぁ……!!…なんて綺麗な星空なの……!!』
感激した彼女が口にした言葉――。
その言葉が聞けただけでも、ここに連れて来て良かった…と思った。
そして暫く無言で無限大に広がる宇宙空間を満喫していた。
こんな広大な宇宙と…数億年の歴史の中で…君と…偶然2回も出会えた事は本当に奇跡としか思えない――…。
そう感じていたら
『…兄さんに出会えて良かった…!』
君は…君は確かにそう言った…以心伝心…?君も…俺と同じ事を考えてくれていたの…?
思わず彼女の方に目を向けると…頬から涙の雫が流れ落ちたのがうっすらと見えた…。
そんな様子の彼女を見た後、俺は…気が付くと無意識にそっと彼女の肩に手を回して…優しく包み込むように抱き締めていた――…。
自分の無意識の行動に少し動揺したけど…あくまで冷静を装ってカインとしてセツカに話し掛ける。
「……泣いているのか…?…セツ…?」
そして…君の純粋で無垢で…綺麗な涙を…そっと指ですくい取った…。
『…兄さん…大好きよ…。』
「…あぁ…セツ…俺もだ……。」
君のその言葉は…俺の…心の奥深くに潜む闇まで…癒されていくような気がした―――。
だから…君と観たいと思った。
君と本当の恋人になって…いつか”本物の満天の星空”を……。
天体ショーが終わった後は何も言葉を口に出す事が出来なかった。
俺は最上さんの腰に手を回して…そして彼女は俺の胸に顔をぴったりとくっ付けたまま…無言で会場から出てビルの中をゆっくりと歩いていく。
そのビル内から…切ないラブソングが聴こえてくる――。
まるで…今の俺の…気持ちとシンクロしているようで…切なさが増した気がした…。
ビルの玄関の近くまで来ると、人が沢山集まっていてざわざわとした空気が流れていた。
どうしたのかと思い玄関の近くまで行き外を見てみると、激しい雨が降っていた。まるで滝のような雨だ。
ビルの係員の話によると…突然の激しいゲリラ豪雨らしい。今年は異常気象が多く、都内でも記録的なゲリラ豪雨は5件以上報告されていた。
『そんな…昼間はあんなに晴れていたのに…?』
最上さんが驚いた様子でそう呟いた。
更にビルの係員は話を続ける。
「そして…大変申し訳ないのですが、当ビルはまもなく閉店時間になりまして――…」
しかし今日は非常事態の為に雨が落ち着くまで、このビルの1階は開放されるようだ。
ゲリラ豪雨は1~2時間もすればきっと止むだろう。とはいえここはゆっくりと休めるような場所ではない。
「もし…ごゆっくりお休みしたい様でしたら…当ビルの10階から上は宿泊施設となっておりますが…」
『兄さん…アタシ疲れちゃった…休みたい…朝から歩きっぱなしだったし…足痛い…靴擦れしたのかも…』
「大丈夫か…セツ…見せてみろ…」
人混みの中 座れそうな場所が見当たらなく、俺はその場に彼女を座らせてブーツを脱がした。
すると踵の皮が捲れて血が滲んでいた。サンダルブーツの踵のヒモが食い込んでしまっていたようだ。
「セツ…どうしてもっと早く言わなかったんだ…!」
『だって…違和感はあったけど痛くなって来たの今だったんだもん…』
…こんな人混みの中じゃ…碌に休ませてあげる事も出来ないじゃないか…。
俺はビルの係員に声を掛けた。
「…今夜泊まれる部屋はあるか…?」
「はい…担当の者にご案内させますね。そしてお連れ様の怪我の手当てに必要な物も手配しておきますので…」
「あぁ…よろしく頼む…」
この時…俺は最上さんの怪我の手当てと…足の様子に気付く事が出来なかった罪悪感で頭がいっぱいで…
とにかく早く休ませてあげたくて…。
2人っきりで部屋に泊まる事がどうとか…考えている余裕はなかったんだ―――。
* * *
卑怯で狡い私――…。
別に我慢出来ないほどの痛みではなかったのに…。
でも実際にブーツを脱いでみると思っていたより酷くて少しびっくりした…。
”疲れたし足痛いから休みたい”
そう言えばカイン兄さんなら必ず言う事聞いてくれるって思った…。
自分でも大胆な行動に出たなって驚いてる。でも…もう少しだけ一緒にいたかったの…。
兄さん…セツカの…最後の我儘だから―――…。
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