2019年5月11日
三重の鈴鹿での仕事が終えて大阪に移動する新幹線で
父親からの電話があった
車内なので電話に出れないので
切ると
何度も掛かってきた
「あ・・・そうか・・・亡くなりましたか・・・」そう思った
4月に父の妹さんが(僕の叔母)
危篤だと連絡があり
その後持ち直したと連絡が来た
あれから2週間
父からの電話と言うことは・・・
大阪に着いてホテルで電話をすると
「廣美(叔母さん)が亡くなった」と
いつも元気な父が珍しく元気が無かった
当たり前で当然なんですが
叔母さんは僕の実家の200メートル先に住んでいた
同じ町内
姉と同じ年の長男と
妹と同級生の長女がいるので
小さいことは遊ぶことや同じ子供会で一緒で
幼稚園、小学校、中学校は皆おなじ
外を歩いていれば会うことなど日常なくらい
廣美さんはすこぶる明るかった
僕の父も常に明るいが
廣美さんは更に明るく元気だった
父親は三人兄弟で
廣美さんは末っ子の長女
廣美さんが4歳の時に母親(僕の祖母)は他界
父が小学校1年生 叔父が小学校3年の時
廣美さんが15歳の時に父親(僕の祖父)は他界
父が18歳の時
既に両親を亡くしている
基本的に父や叔母は祖母に育てられたと聞いている)
それなのに
それだからか分かりませんが
飯田家は常の明るく元気でちょっとふざけている感じで
今朝葬儀に行くと
僕が行くと久しぶりの再会なのに
みんなでニヤニヤして
「延孝変わらんね~毛はないけど」と頭を触ってくるくらい
「親父に似たな~頭だけ(笑)」
と
葬儀とは思えないくらい
どこか笑顔があり
それでも葬儀が始まって
廣美さんの花を添えるときには
皆
泣いていた
「廣美が会いたいって言ってた」と実家に帰るたびに父親に言われて
「今、呼べばいいのに」と言うと
「病気で体調が悪いから」と
結局会えないまま
今日になってしまった
廣美さんは5月15日
本日が誕生日で68歳
迎えることはできなかったですが
誕生日に葬儀とは廣美さんらしい
最後にみんなで祝った感じと
大学を出て芸人を初めて
何度か廣美さんに会うたびに
「のぶたかご飯食べれてるか」と廣美さんに大きな声で言われたことを覚えている
おばさんなりに心配をしてくれていたと思うし
最後に本当に会いに行けばよかったな~
と
後悔はなかなかしないタイプですが
今日は本当
廣美さんの顔を見ながら
後悔していました
最後なんだなと
最後になる前に
会っておかないと
会えるときに会いに行けばよかったとそう何度も思って
出棺を見とどけました
会えるときに会っておかなければいけない人がいる
そう忘れないように
廣美さんの明るさと元気は忘れません
ただ
そう思っただけ