【毎日新聞】1.29

京都・朝鮮学校に初の「保健室の先生」

12年前の「事件」契機に

第46期 卒業生 曺元実先生 

https://mainichi.jp/articles/20220128/k00/00m/040/274000c

 在日コリアンの子どもたちが通う京都朝鮮初級学校に、2021年度から初めて「保健室の先生」が誕生した。公的支援が少なく財政難の朝鮮学校で、常勤の養護教諭を置くのは全国的にも異例という。背景には、12年前に起きたあの事件があった。

 「頭が痛いの? 次の授業の間はここで休もうか」。京都市伏見区の校舎に設けられた「保健室」を訪れた女子児童に、養護教諭の曺元実(チョ・ウォンシル)さん(27)が優しく声を掛ける。児童が気軽に来られるよう、入り口の扉は開け放たれたままだ。

 外国人学校の多くは学校教育法上、自動車教習所などと同じ各種学校とみなされ、保健室の設置を義務付ける学校保健安全法が適用されない。全国に約60校ある朝鮮学校は公的な助成が見送られている場合もあり、保健室の設置や養護教諭の配置など児童の保健教育は後回しにされることが多いのが実情だ。

 京都朝鮮初級学校でも、前身の旧京都朝鮮第一初級学校(京都市南区)が1946年に開校した当時から保健室はなかった。体調を崩した子どもは図書室などに置かれたベッドで休み、けがの応急処置はクラス担任が授業を中断して施していた。文峯秀(ムン・ボンス)校長は「朝鮮学校で学んだ保護者や教員は『保健室』というものを知らず、必要性が認識されてこなかった」と明かす。

 そんな空気を変えたのは09年12月、旧第一初級学校の前で「在日特権を許さない市民の会」(在特会)のメンバーら約10人が差別的な街宣活動をしたヘイトスピーチ事件だった。大音量のマイクで「朝鮮学校を日本からたたき出せ」「何が子どもじゃ、スパイの子やんけ」などの言動を繰り返した。

 加害者は威力業務妨害罪などで有罪判決が確定し、民事訴訟では損害賠償も命じられたが、事件は子どもたちに深い傷を残した。一人でトイレに行けなくなったり、大きい音や声におびえるようになったりした。長男を通わせていた龍谷大の金尚均(キム・サンギュン)教授(刑法)が児童の精神面のケアの重要性を保護者や教員らに呼び掛けた。13年4月に伏見区の現校舎に移転した際に初めて保健室が作られた。

 ただ、養護教諭の資格を持ち、民族教育への理解もある人材の確保は難しい。当初は常勤の教諭は置けなかった。府内の朝鮮学校などでつくる保健室運営協議会が15年に発足し、日本人を含むボランティアが月数回、各校を訪れて応急処置などを担った。ただ、時々来る先生では心を開きにくい面がある。常駐の養護教諭を探していた時、出会ったのが曺さんだった。

 曺さんは岐阜と愛知の朝鮮学校で学んだ。メディアでも大きく報じられたヘイトスピーチ事件当時は15歳。卒業後は看護師となり、病院に勤めた。事件の子どもへの影響を知り「専門家によるケアが必要。朝鮮学校の力になりたい」と考えて退職。京都朝鮮初級学校で実習を行い、養護教諭の国家資格を取得して21年4月から常勤での勤務が決まった。

 赴任して早々、曺さんは新型コロナウイルス禍への対応に奔走した。体調の悪い人を敬遠するような、ピリピリした空気に包まれる教室を「感染した子がいたとしても、その子が悪いわけではない。『具合は大丈夫?』と心配してあげて」と話して回った。新型コロナに感染して学校を休み、復帰する日に「クラスメートの反応が怖い」と相談に来た児童がいた。優しく迎え入れ、不安を和らげた。校内の雰囲気は次第に落ち着いていった。

 「毎日、接するからこそ子どもの心の動きが分かるし、信頼関係が作れる」と曺さん。文校長も「無くてはならない存在だ」と信頼を寄せる。「子どもが差別に直面した時、寄り添える存在になりたい」。曺さんは今日も保健室で子どもたちを温かく迎える。

全ての子どもに健康と安全を

 保健室や養護教諭の不足は、朝鮮学校に限らず外国人学校に共通の課題だ。新型コロナ下で、日本に暮らす全ての子どもたちの健康を守れるかが問われている。

 文部科学省が2021年に全国の外国人学校161校に実施したアンケートでは、回答した80校のうち「保健室を設置」は60校(75%)あったが、「養護教諭を配置」は28校(35%)にとどまる。外国人学校の保健室の実情に詳しい鳥取大の呉永鎬(オ・ヨンホ)准教授(教育社会学)は「学校保健を機能させるには部屋があることよりも教諭を置くことが重要だ」と指摘する。

 呉准教授によると、戦後長い歴史がある朝鮮学校でも、保健室用のスペースを置く学校はあるが養護教諭の配置はほとんど例がない。京都朝鮮初級学校での取り組みに刺激され、大阪や山口など各地の朝鮮学校で保健室を運営しようという動きも生まれているという。

 課題は公的支援の少なさだ。京都朝鮮初級学校は運営を授業料と寄付金に頼っており、22年度以降の養護教諭の人件費を確保できるかは不透明。日本人拉致問題などをきっかけに、全国的に朝鮮学校への自治体からの補助金が打ち切られるなど逆風にもさらされている。

 呉准教授は「京都初級の取り組みは画期的だが、学校関係者や周囲の日本人の懸命な努力で成り立っている。外国人学校に通う子どもにも健康や安全は等しく保障されるべきだ。学校保健安全法を適用するなど公的支援の仕組み作りが必要だ」と指摘する。

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