ただ、なんとなく環境として染み付いてきたもののなかで、わたしなりに得てきて同時にそれをぼんやりとでも軸にしてきていた価値観のようなものはありました。
生きる上で、人に接する上で、生死に対する感覚的なもの、あらゆることについてそれぞれにありました。
単純なことでいえば、絶対にまずは相手を信じる。先になにがあろうと、まずは信じる。
あらゆるバージョンがあろうと、いきなり否定しない。
まず聞いてから、わたしと違うなら次に聞いてみたうえで話をする。
助けを求められたら出来る限りはする、もしくはしようと試みる。
そんな程度のことから、実は人が亡くなるということについても、亡くなったときにその人の魂は天国に行くと、まあ瞬間移動のように思っていました。
その先は、若干ファンタジックですが、酒盛りしているのかなとか、様々な考えはありますが…
今回、彼のことでわたしはそんな数々の価値観が文字通りにガラガラと頭の中身もろとも崩れた思いがしました。
実際にいま、書くのも実はまだ辛いですが、例えば、彼が救急病院の霊安室にいたときにつながった部屋で、わたしの両親は日にちの段取りやらを相談し始めました。
葬儀屋と話したり、外で倒れてしまったために現れた警察の方とも、あまりにざっくばらんに話をしていました。
きっと多少の死生観のようなものは、クリスチャンである両親はそのあたりは以前のわたしと似たようなところがあった上に、悪意もなく、むしろわたしにできないことをひたすらに助けていてくれただけなのです。
ただ、そのときのわたしにはあまりに時間がなさすぎて、あまりにショックが大きすぎました。
ついつい、彼がまだそこにいるではないか、なのになんでそんなことができるのか、と思いました。
まだ今でもそうですが、全く彼の姿をもってしてもわたしは現実を受け入れきれていませんでした。
同時にわたしは、もちろん、あれ?わたしはそもそもこんなことを考えていたかなあ、と違和感もありました。
そんな相反する二つの感情にはさまれながらも、今までの理屈が通らなくなっている自分に戸惑ってもいました。
恐怖でした。
じぶんに恐怖だったのです。
わたしはむちゃくちゃになっている、どうしたらいいかもわからない、でも目の前にはやたら込み入ったスケジュールが提示されている、次から次へといろいろ聞かれる。
それに本来答えられるはずのないわたしが、すらすらと答えている不思議。
なんなの?とじぶんも含めたすべてに思いました。
というわけで、わたしの崩壊した価値観は、とりわけ死生観については、やはりまだ整理がつきません。
あるクリスチャンの方がおっしゃいました。
それは神さまがまなちゃんになら耐えられると思って、与えられたのよ、きっと。
と。
わからんでもない。
しかし、耐えられるかどうかが今のわたしの必要としていることじゃないんだと、それなら神さまに叫びたいです。
母は言いました。
そんなにあんたが悲しんでばかりいたら、彼はゆっくり天国で寝てられなくて困るよ、と。
だったらなおさらよいではないか、帰ってきたらよいではないか、寝てる場合じゃないよ、とわたしは号泣するしかないのです。
この際、いまさら失格だとかなんだとかどう言われようとわたしは構わない。
今までこんなになくして悲しく、なくして辛く、なくしてさみしく、なくしたことに耐えられないことがなかったのです。
それに何もかも、じぶんがこんなにもショックを受けるということやこんな気持ちになるんだということ全部がものすごく想像以上です。
こんな気持ちを水に流すように考えるような人間ではないのです。
というか、不可能です。
生きていればはじめて知ること、体験することがあるのはわかるけど、二度と嫌な体験であり、じゅうぶんに切ない、切ないままでずっとわたしはどうするんだろうかと思い戸惑うばかりです。
どちらかといえば彼が、わりとまなちゃん、まなちゃん、と大切にしてくれて目も行き届かせてくれていました。
鈍臭い間違いをしないように、などと言って。
もし彼が帰ってくるなら、わたしはいくら束縛してもしきれないでしょう。
さんざんに飽きられるくらいにしっかり掴んで離さないでしょうね。
たとえそれでもいいのです。
帰ってきてくれるのなら。
彼が帰らなくなりネモが一気にどんよりする時が増えました。
もちろんわたしもだけど。
こんなことばかりでいいのだろうかとはいつも思ってるのです。
いつまで?とも。
答えがないから、ずっとこのままでわたしはいます。
