一年前の日記を見た。丁度透析終わりでコヲちゃんといた。首都圏の交通、特に鉄道は完全にマヒして、渋谷から等々力ベースまで歩いて帰った。地震直後は「地震と津波の被害」が激しく報じられ、避難所に避難された方々の事も数多く報道されていた。自衛隊の皆さん救出活動、国内は元より世界各国からの義援金の輪。阪神大震災の時のように、復興は直だろうと思っていた。

確かに地震・津波被害の復興は少しずつではあるが、進んでいるのだろう。でも、その「復興」に大きく立ちはだかったのが「原発」である。「放射能」人は見えない物、得体の知れ無い物に対する対応が上手く出来ない。しかも、その「得体の知れない物」の情報が、伝える側も良く解ってないのか、何かの力によって操作されてるのか、二転三転する。そして国民は疑心暗鬼になり風評被害が広まって行く。

国の対応が、ホンに出来損ないだったと思う。出来る事なら、汚染された土地は東電と国が買い上げ、完全に放射性物質が除去されるまで保証すれば良かったのに。中途半端に安全宣言を出し、出来た作物を後で測定して「出荷停止命令」を出す。その基準も、何が基準なのか分からない程変動した。一面のキャベツ畑を目の前に悔し涙を流されて自殺された農家の方もいたし、折角育てた牛や牛乳が出荷停止になり、牛舎で自殺された酪農家の方もいた。全て国の対応のまずさが招いた事だろう。

マスコミの対応も似た様なもんだった。繰り返し繰り返し流される「津波の映像」そんなもん1回見りゃ充分だ。それよりも、何処の避難所には誰が避難していて、何処の避難所にはこんな物資があります。ここは何が足りません。なんて事は直ぐに出来る事でしょ?眉をひそめて悲惨な状況説明する事よりも、伝えて欲しい事、知りたい事は他にいっぱい有ったと思う。覚えてる限り、何処の避難所にいます!と避難されてる方を詳しく紹介してくれたのは、日テレのスッキリが一番早かったハズ。あれこそが「報道」だと思う。

そのマズいマスコミにまんまと煽動されて、コンビニに走り買いだめするオタンコナス。TVで言った事はそのまま鵜呑みにして、自分で考えようとはしない。「こんな非常時でも綺麗に列を作って電車を待つ、日本人は素晴らしい」外国人記者にそう褒められる一方で、相変わらずのバカが多いのも事実である。誰に言い訳してるのか知らないけど「こんな時だから」「家族の分なの…」それはそれは、その数じゃ、TVに出られる程の大家族なんでしょうね…。忘れられない一言がある。震災直後、コンビニで山ほどトイレットペーパーを抱えたおばさんに、酔っぱらいが放った一言

「何だお前、地震が来るとそんなにウ◯コ出んのか?」

ああ言う人種を見ると、同じ日本人として只々悲しくなる。被災地の方に「しょうがないよ、物が無くなるって言われたら、そりゃ不安だもの…」慰められた、逆じゃないか!

東京消防庁の新井雄治前消防総監の記事を読んだ。福島第一原発3号機建屋に放水命令が下り、部下に安全確保の保証が無いのに任務にあたらせた事をいまだに後悔されていて、去年7月に辞任されている。一番気になったのは、結びの言葉として「阪神淡路大震災の反省から官邸に危機管理センターを作り、情報共有がされるはずだったのにできていなかった」結局あの「阪神淡路大震災」の教訓が、何一つ生かされてなかったと言う事。こんな亊言ったって、何にもならないのは分かるけど、あの時政権が民主党ではなかったら、イヤ菅総理ではなかったら、事態はどうなっていただろうね…。

「不謹慎」の名の元、当時は色んな催し物が中止になった。一番影響受けたのは「お笑いライブ」だろうね。「この非常時にそんな事やって!」オイラ達の仕事は所詮「そんな事」なのか…。被災地の方へのインタビューで

「どうか、私たちと一緒に暗くなるのだけは止めて下さい、普段通りの生活をお願いします」

この言葉には、かえって勇気をもらった様な気がする。そして、その言葉を幾に少しずつライブも再開されていった様なきがする。でもね、殿の一言を思いだす。

「芸人は被災地に笑いを届けることしかできない」なんて意見も あるけどさ、そういうのは戯言でしかないんだよね。飯がちゃんと食えてさ、 ゆっくり眠れる場所があって、初めて人間は心から笑えるんじゃないかな」

殿の言う通り、住む所と食べる物があって、被災地の方々が「よし、復興に向かってがんばるぞ!」って時に、初めて「お笑い」が役に立つのかもしれないね。

「食べて応援」軽々しくそう言うのは好きではない。言うならホンに安全と分かるまで、そんな事しない方がいいと思う。でもね、それと同じくらい「避難しなさいよ!」とも軽々しくは言えないんだよね。サラリーマンの方でさえ、色んなしがらみで引っ越しが出来ないのに、まして先祖伝来の土地を持ってる方々に「手放して逃げなさい」と言ってもなかなか受け入れてはもらえないんだろうね。でも、ホンにその土地に住むと危険!って言うレベルの話しかもしれないんだよね。

ある学者さんが言っていた。

「人間が原子力に手を出していいのは、少なくとも後100年後くらいでしょうね」

確かに化石燃料の埋蔵量には限りがあって、原子力は必要な物なのかもしれない。でもね、いざとなった時に対処出来ない物を実用化してはいけないと思う。研究はいくらしてもいいけど、実際に使えるのは、そのくらい未来の話しなんだろうね。そして、日本の原子力開発のスタートが、ホンに人々の生活の為だったのか?という所にも随分問題があるように思うけどね。ウランもアメリカから買わなきゃいけないし、使用済み核燃料の処理施設も無い…。そんな状態で何故原子力にこだわる?


星新一さんのショートショートを思い出す。(うろ覚えですいません)

とある海辺の村に「箱」が流れ着く。村人が包んである紙を剥がすと木の板で覆われていて、その板を剥がすと金属で覆われている。そして、その金属を開けようとする。その様子を2人の宇宙人がモニターで見ている。

「おい、もう任務は終わったんだ、そんな物見てないで帰還しようぜ」

「待ってろよ,あの金属開けると中から放射能が出て来るんだ、それをこの星の人間がどう対処するか見たくないか?」

どうか,今持てる人間の英知で、この放射能に打ち勝って欲しい。そして去年の3.11以前の日本の姿に1日でも早く戻りますように…。

うすっぺらい戯言をつらつらと…しつれいいたしました。