英語通訳をしている友人のこの国の人がNGOの仕事で、
ここのところ被害があった場所に行っていろいろと被災者に話を聞いている。
 中国の四川省の大地震では、連日報道されていることもあったりして、被災者の体験がストーリーになり、実際に会ってはいなくともその被災者の顔が身近に感じることもあり、興味はおのずとそちらのほうを向いてしまう。
 この国にももちろん多くの人が被災し、亡くなったり、失ったりしたためより多くのストーリーがあり、そのひとつひとつを聞けば、より身近に感じるんだろうけどそういったストーリーは巷にはあまり流れていないため、遠くの国なのだろう。
  
この国の、前首都の、現この管区の農業責任者に、この国の現在抱えいる農業復興について、直接聞いた知人の話によると、以前のように復興しようとした場合。
1エーカー200ドル程度の費用がかかるとのこと。今回被害にあった地域は、2万エーカーほどとのこと。
この国の予算として、この被害の復興の責任者として、それを復興させるだけの予算も、権限も与えられず、考えるのも頭が痛くなるからその話はやめてくれというぐらいのジョークが出るくらいの感覚で生活しているこの国だ。
下々の人に対してそれほどの資金も与えられない矛盾と。
被害にあったものは、被災者への為ということで、被害の少なかった人からのドネイションにて、食料や衣類を支給されて、今まで食べたことのないおいしい食品と、きたことのないいい服を身にまとい、今までどうり額に汗を流しながら働いていた労働意欲と引き換えに渡しつつある人々の矛盾と、危険だからという名目で、実際に現場で行かずに集めた情報をよその国からさも実際に。体験したかのように綴る、それは給与の代価として、一昔前のジャーナリストの誇りもない人間から得た情報を鵜呑みにする国民と、いい歳をしてあちこち落ち着きなくちょろちょろと現場をウロツいている俺と。

ごき こんばんわ、今しがた今日のネタは、何にしようかと思ってたら、
ゴキが急に現れてきた。
ゴキが結構元気で、写真をとってグダグダしている間に、足早に
遠慮がちに立ち去っていった。
遠慮がちに立ち去るくらいなら、出てこなくてもいいのに
少しばかり、そのゴキの表情というか、全体を取り巻くオーラのようなものが
普通のゴキよりも、控えめなような感じだ。
控えめなゴキと控えめな俺だ。
なんかそう思うと妙な親近感を覚える。ごき