前回から続きます。24週冒頭で、桜子が松井兵長に会いに、山長を訪問した場面でした。


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『おはよう。』


『ああ、有森』


『どこか行くの?』


『亡くなった戦友の家を、一軒一軒まわって挨拶してこようと思うんだ。』


『そう。』


『付き合いの濃い薄いはあったけど、みんな共に戦った仲間達だ。これをせんと俺の中で、整理がつかんのだよ。』


『…うん。』


松井達彦 / 有森桜子 (第139回)


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いったいどうしたんだ桜子!?

戦友達のご遺族への報告廻り。桜子、焼けた神社に一人座る兵長に寄り添う。

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『…みんな喜んでくれるんだよ。息子の最期をよく伝えに来てくれた。”ありがとう”って。年老いた親御さんに、目の前で泣かれると辛くなる。』


『”あなたには未来がある。弟には無い”。若山のお姉さんに言われた事を思い出すんだ。生きている事が申し訳なくてな…


『…ねえ、綺麗な夕空だと思わん?』


『…うん…』(意表を突かれる)
 

『ほこらは焼けちゃったけど、あの空の色は、戦争の前と後で、少しも変わっとらん…』
 

松井達彦 / 有森桜子 (第139回)


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いったいどうしたんだ桜子!?


ところで、あの空の色だけは、少しも変わってないのですね。地上では、まるで無茶苦茶な別の国みたいになっているのに。

若山さんのお姉さんの言葉と、それに関わるお話です。

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『許しません。』『許してしまったら、弟が浮かばれないからです。この戦争をわたしは、許さない事に決めたんです。』『この戦争が、良い事、正しい事だ、戦うべき価値があるんだ、と、弟を奮い立たせて、戦場に送り込んだ人達の事も。それを、止めなかった自分も。ですから、あなたの事も、許しません。』『あなたには、未来がある…。でも、弟には無いんです。


こんな世の中を作る為に俺たちは戦ってきたのか?何人も人を殺して、死なせたくない仲間を何人も死なせてきたのか?』…『俺は、幸せになる資格なんてないんだよ。俺はむこうで…戦場で死ぬべきだった…帰ってくれ!』


『達彦さん、わたしの代わりに、達彦さんがむこうに行って戦ってきてくれたんだね。一番きつい、一番厳しい場所で。ほいだから、そこでどんな事が起きたとしても、それはわたしにも起きた事かもしれないんだよ。わたしはそう思う』


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再び引用です。

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”だから敗戦と同時に、鬼畜米英が救世主や 解放者になったのを帰還後知って非常につらかった。また戦争に抵抗もせず、軍部や政府から特別いじめられたということもなかった人々が、勝利者に対し「日本は軍国主義の鬼だった」「気ち〇いだった」(注:〇部分は引用者による伏字)と言って廻ってくれたのには抵抗を感じた。今でも感じる。私が素直でないのだろう。”


”そう言って廻った人々は、日本の良心の代表者なのかもしれない。そういう人は心から日本の民主化の為努力しているのかもしれない。しかし、そういう人は実にたくさんいるのだが、そういう人たちのなかで、日本的な後悔の仕方であるはずの、「申し訳ないから死んでおわびする」という人も、「頭をまるめて隠遁と懺悔の日々を送る」という人も出なかったも不思議な事である。“(会田雄次著『アーロン収容所』)


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若山のお姉さんも、兵長も、桜子さんも、みんな、正しい、いや、正しいなんていうと兵長が本当に自決しかねない。


本当に、真面目で真摯な人に限って、若山さんのお姉さんのように自責の念で隠遁(している様に見えました)したり、兵長みたいにブチ切れたり、いや、やはり自責の一念で。そう、そして史実でも(略)。


それにしても、23週終わりの兵長は、とことん救われない。恐らく、主義主張なんてどうでもいいけど、ここまで踏み切った以上負けたら大変だと思って、外地で命のやり取りをして、大事な仲間を死なせて還ってきたらその国が滅んでいて、しかもまるで無茶苦茶な事になっていた上に、若山のお姉さんから『許しません』。


若山のお姉さんも、松井兵長も、八州治さんや八重さんと同じで、世の中の180度大転換から取り残された人だったのかもしれません。


桜子まさか、と思ったら、あの時から、真剣に一直線に逆走して、兵長と同じ視点にいるのかもしれない。はたから見ると、というか、野暮な凡人の不肖私には、兵長に何か精神的な救いというか治癒みたいなものをを試みているように見えるのです。


ところで、笛姉ちゃんと麻雀やっている人達。あのー、戦時中冬吾さんに何してたんでしょうかね?


さて、そんな兵長、桜子の勧めに、意を決して、Cafe マルセイユへ。


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「桜子ちゃん、秋山さんのバンドの誘いで、名古屋の進駐軍のクラブで、ピアノ弾くよ。」


『そうか!』


『なあ、聞きに行ってあげたらどうだ。もう、パスは取ってある。』


(決意したようにうなずく)

(中略:桜子入ってくる。)

『無理に、来んでもいいよ。お客さんはアメリカの兵隊さんたちばっかりだし、軍服来た人に、会いたくないもんね。』


『あっ…  考えとくよ。』(怯む)

マスター・ヒロ / 松井達彦 / 有森桜子 (第140回)


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いったいどうしたんだ桜子!?


そして、これはいったい!?


まず、これは、桜子の人格が変わったわけじゃない。人の性格なんて物心ついた時から変わらない。これは、受身になる事、人の話を聞く事、理解する事に、全力疾走(ぶっ)しているのだと思います。


次に、兵長。行く、って折角決意したくせにいまさら『考えとくよ』なんて、どうしたんだ?


…名古屋に行けるのか?兵長!

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ところで、まことに私事ですが、二~三か月位前位だったかうろ覚えですが、確か休みの日だったかの早朝、起き掛けにふとテレビを付けた、その某公共放送局から流れてきたのは『古いニュース』という番組でしたが、偶然これを目にして本当に愕然。早朝の寝ぼけ眼も衝撃で吹っ飛んだ。公式webにもあるだろうと思い、探しだしました。以下リンクを見つけたのではっておきます。


NHKアーカイブス:銅像の戦犯裁判

 

 

終戦後の昭和22年の映像ですが、こいつら全員気が狂ってる!こんな奴らがいたのだ、と知識では知っていたが、映像でみせられると、改めて愕然。

 

本当に胸糞が悪いついでに、このサイトで当時のニュースみたら、ゼネストで大群衆が、なんとインターナショナルの大合唱で、また愕然。


ある随筆でも、”この頃の学生も教授も、もうすぐ革命が起こると信じていた”みたいなという記述を思い出しましたが、しかし、改めて映像と大合唱を聞かされて唖然…。


いや、なにかというとですね、そりゃ松井兵長もブチ切れますって!こんな無茶苦茶な所に還ってきたら。


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……… さあ!名古屋に行けるのか?兵長!

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おまけ。

本日の『やめて!』 (1)

”別れのコンチェルト”第84回より、冬吾さんの仮部屋にて。

『異邦人・ペスト アルベエル・カミュ 現代世界文学全集22』(新潮社 1952年初版)
・”異邦人”:1942年初版
・”ペスト”:1947年初版

『…やめて!』

(つづく)