前回からの続きです。松井兵長が、名古屋での秋山さんのバンドでの桜子さんのピアノ演奏に、行く、って折角頷いたくせに、桜子の一言で、『考えとくよ』でした。


一体どうしたんだ?


このすぐ後の場面で、桜子と心の奥底で通じ合っている冬吾さんの(いい意味で^^)『達彦君にも聞かせてやりてえべ』 / 『ほいでも聞きに来て貰えんと思う。』

ところで、23週冒頭での桜先生です。

 

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『ただわたし、この岡崎でしている教師という仕事が好きなんです。』


『教師っていったって、代用教員だろ?』


『秋山さんからみたらつまらない仕事に思えるかも知れません。ほいでも、わたしのピアノで、子供たちが一緒に歌って、いっしょに笑ってくれる。音楽で子供たちを元気にする事が出来るんです。子供たちの笑顔をみるのが、今のわたしの生きがいなんです。


『ジャズバンドでピアノを弾いたって人を元気には出来るぜ?』


『バンドのお客さんって…アメリカの兵隊さん達ですよね。


『…ああ。それ、気になってんのか。敵さん相手にする事に』


そうじゃないです。そういう事じゃないです。ただ、今わたしのまわりには、音楽で元気にしてあげなくちゃいけない人が、もっと他にいるような気がして。』


秋山均 / 有森桜子(第134回)


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桜先生は明快です。


ところで、『子供たちの笑顔をみるのが、今のわたしの生きがいなんです』って、うーん他に生きがいは無いでしょうか?というの置いておいて(ふふふ我々視聴者は既に彼を見ている)。


この場面での桜子は、本当の事を語っていると思います。ヒロさんも後ろでうなずいている。

さて戻りますが、桜子の『ほいでも聞きに来て貰えんと思う』に発起して、冬吾さん、夜の山長に兵長を訪ねる。


兵長:『俺、戦友を死なせたんです。一緒に戦った、殆どの人間が死にました。自分だけが幸せになっちゃいかんような気がするんです。』
『……言い訳だべ、そったのは』『戦争の間は、明日生きることだけ考えてれば済む。戦争が終わってまったから、どうしたらいいか分からねぇくなってるんだべ…』
『それは、そうかも知れません。』『自信が無いです。…』『…こんな時に、彼女の重荷になりたくないんです』


うーん、支離滅裂。


『あんたは戦地から還って来て、これからは人の邪魔にならねえで生きていきたいと思ってるのかも知れねぇが、人は誰かの邪魔したり、迷惑をかけねぇでは、生きていけねぇもんだよ。』『それになあ、あんたはもう、今までに充分に桜ちゃんに迷惑をかけてる。今更迷惑をかけたくねぇなんて言えた義理か?』『これからは、かけた迷惑を返すぐらいの気持ちになってみたらどうだ』


なるほど、冬吾さんは、兵長が(心の中で)隠遁しているのを読み取ったんだ。


ところで兵長、あのー、隠遁しててもいいですけど、名古屋の演奏くらい見に行ってあげてもいいんじゃないでしょうか?減るもんじゃなし。だって、一度は、うんって頷いたじゃあないですか。


この後兵長、仙吉さんとの場面になるのですが、あのー。まだ行けないのでしょうか?

 

現実的にいうと、仙吉さんに、おかみさんとのあの写真で一言言わせたいんでしょうが。そして、ここは外せないのですけれども。


横で見ている分には、『そんな理屈こねなくても、単純にまずは聞きに行ってあげよう』と思うよね普通。あーじれったい、とか。


それは、もうお気づきの通り、桜先生はお見通しでした。


つまり、ぶっちゃけ、兵長の恐れているのは、少し前まで敵だった進駐軍の只中に入っていったら、突然我を見失って、前後見境なく大暴れして、下手したら『お前ら〇してやる!』みたいな、いやいや。


それは言い過ぎだとしても、少なくともあの時みたいに、突然廊下が斜めに傾いて膝から崩れ落ちたしかる後に、下手したら『お前ら〇してやる』とか、いやいや。まあいずれにせよ、そうなったら大迷惑、どころかぶち壊しだもの。


でもまあ、結果は無事ご覧のとおり。

 

ただ最後、成り行き上もありますが、一人その場を後にした兵長、『東京へ行けよ』『迷うことはないよ、今こそ自由に羽ばたける時が来たんだ』などと、まだ寝ぼけた事を言ってます。これは自分の欲することとすべき事の矛盾に,直面したあげくにそっちじゃない方に行ってしまうという、真面目男の悲しいサガでした。

 

でも、そこは全力疾走(復活!というか根は変わらず)の桜子さんですから。人間は、自我の生き物なのです。そして、素直に、良かったね、という事で。

 

だがしかし!


さあ、ここから24週後半へ突入!最後に残った桜子、その総決算をしなければ、決して次のステップには進めない!。じゃあないと寝覚めが悪い!


さて、ここからは、不肖私が、24週の過去の雑記にで、お茶を濁しました。

 


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〇あるものはただ現実と光

23週から24週の展開、その時代背景、これは、あえて一言でいうなら、価値観の大転換、だと思います。日本人にとっては、いわゆる”戦争”が終わった後の事です。今回のタイトルの雑記の(1)(3)辺りで引用をした、もう滅茶苦茶な大転換、そして、まだ触れていませんでしたが、当時発生したハイパーインフレ。


わたしはこの当時の体験はありません。しかし、極個人的には、それらが、自身の経験、ソ連解体、その前後、特にその直後の体験と結びつく。事実上国が滅びた事、社会が180度ひっくり返った事、もはやタテマエや冗談が通じなくなったウルトラ自由アナーキズム、そして、ハイパーインフレ。今回のタイトルの雑記(1)で、一言だけ先走りました。


(あ、ちょっとその前に、わたし自身は決して赤い人じゃないですからね。というか、赤い色は大嫌いです。誤解されたくないので。)


あの何とも形容し難い記憶.- ハイパーインフレでお金が紙屑、旧紙幣の突然の流通停止,、犯罪者モドキばかりがのし上がり(そして今に至る)、市井の人々ばかりが通りにはい出る…


この二つの出来事の、自身の中での奇妙な一致は、当たらずといえども遠からず、だと思います。昔、当時のロシアの現況を、日本の戦後の歴史に例えてレポートをでっち上げた事があります。


ともあれ、その価値観 - ナントカ主義みたいなプンプン匂いそうな胡散臭いものではない、全く別の次元の、人間に根ざした、例えば、素朴な良心といったもの。そしてその、価値観の大転換の中で、最期のよすがが吹っ飛んだら実は晴れ渡る大空でもなんでもなく、もうどん底のさらに底の、その過程で失った精神的なもの、失った、一番大切な人の事。


それは例えば、若山のお姉さんにとっては、弟さん、それは達彦さんにとってもそうですが、そういうものは、これは何十年たっても、絶対に心の中から消えない。無意識の中ある瞬間に突然飛び出してきて、控えめにいえば、困ってしまう。


”…この私自身を二つにひきさくような矛盾は、現在もすさまじい力でわたしを苦しめるのである。”(「戦後の虚妄」-会田雄次著『日本人の意識構造』(昭和47年10月25日第1刷昭和51年5月20日第11刷発行))


しかし、だからといって、『ではあの戦争とは一体…』とはやらない。お門違いです。他所でお願いします。自身が生きる上での精神的なもの、あるいは、大切な人、それらを失ってしまったとすれば、それは、世の中のせいでもなんでもなく、自身の問題です。

 

若山のお姉さんは偉大です。まず自分を許さないのです。


突っ走りすぎました。ともあれ、この物語は、当時の日本の市井の人々の現実を、誠実に織り込んでいると思います。そりゃガチに再現すると某公共放送局の看板時間帯の放送にするには、ちょっとアレなので、うまくソフィスティケートしたりデフォルメしたりしていますが、誠実さは伝わります。そして、そこに惹かれます。


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『どんな世の中だって人は生きとるんです。新しいいのちだって産まれてくるんです。』

 

有森桜子 (第99回)

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…なお、この少々先の先の場面で、若山のお姉さんはもう一度登場。これには、本当にびっくりした!いい意味で!



以上、長くなりました。すみません。


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おまけ

本日の『やめて!』(2)

”ゼイタクは敵だ!”

あーあの立て看板を見るたびにどうしても、”ゼイタクは” と ”敵だ” の間に筆で、”素” を入れてやりたい…

『…やめて!』