横倒しの阪神高速道路
落下した山陽新幹線の線路橋
辺り一面の青いビニールシート
こんなシーンが連日報道されてから、もう20年です。
本当に時が過ぎていくのは早いです。
ここ数年は青春18きっぷで、JR神戸線を毎年通過していますが、改めてこの地が地獄と化したのを覚えています。
新長田駅を一時期通過扱いにしたこと、山陰本線・播但線・福知山線などで迂回の措置を取ったこと、灘駅近辺の復旧が難航したことなどは記憶の片隅に残っています。
東日本大震災の話は比較的日頃から報道され、人々の記憶に染み込んでいますが、この兵庫県南部地震も決して忘れてはならない災害でしょう。
実際、建築ものの耐久性などが見直されたのもこの震災がきっかけになり、後に発生した災害での被害を抑えることに役立ちました。
1995年1月17日
今後も決して忘れることはないでしょう。