初めて口にして、一番衝撃を受けた食べ物はバターチキンカレーだ。

東京で暮らしていた10年ほど前、東京出身の知人に誘われて食べたのが初体験だった。

 

「俺ってバターチキンカレー好きなんだよね。クラフトビールに合うしさ」

「ああ、うまいよね(食ったことないけど)」

「じゃあ食べに行こうよ」

「いいよ(食ったことないけど)」

 

こんな感じで近くのカレー屋に行くことになった。

そもそもバターチキンってなんなんだ。カレーといえば、牛か豚か鶏だろう。それなのにバターチキン? バターを食わせて育てた鶏なのか?

そんなことを考えながら、知人と同様にバターチキンカレーとナンを注文した。

 

そのバターチキンカレーは、オレンジ色が濃いめに見える以外は普通のカレーとあまり変わらない。スプーンですくって、恐る恐る一口食べてみる。

 

う ま い。

 

なにこれ。甘いのにちゃんとカレーの味がするし、鶏肉は火で炙った香ばしさもあるし。ナンにめっちゃ合う。バターの要素がどこにあるのかわからないけど、とってもおいしい。

 

世の中のたいていのものは食べたつもりになっていたが、こんな食い物があったなんて。しかもカレーというポピュラーなジャンルのなかで、俺の知らない間にこんな食い物が市民権を得ていたとは。

そんな驚きもあって、バターチキンカレーの味は俺の心に深く刻まれた。

 

 

 

そんなわけで、いまも月に1回はバターチキンカレーを食べている。

バターチキンカレーを出す店は、たいていネパール人が働いている。

先日も店で注文を終えてカレーの到着を待っていると、ネパール人(たぶん)の店員が俺の方に近づいてきた。

 

当時、店内に客は俺ひとり。それに対し、店員はネパール人2人。しまった。ここはもはやネパールだ。この3人の多数決で、日本の法や道理は通用しない世界になってしまったのか。

 

刃物を出されたらダッシュで逃げよう。それか、エベレストはネパールのものです、ネパールはインドや中国より優れた国です、とか伝えたら許されるかな。

 

ネパール人店員は、俺に2枚の紙とペンを手渡してきた。

「これ、ここに書いて。日本語むずかしい」

 

ん?

 

渡された紙の1枚は役所に提出する書類で、もう1枚には店員の名前と、近所の住所が日本語で書いてある。つまり、このひとの名前と住所を提出書類に書き写してほしいということらしかった。なるほど。そういうことね。

ゴータマ・シッダールタみたいな名前と住所を書き写して紙を渡すと、店員はニッと笑って「ありがと」と言ってくれた。

 

生まれた国と違う国で暮らすことは、ひと昔前ほどではないにしても、簡単なことではないだろう。ゴータマに幸あれ。

 

 

 

 

体操部の練習に明け暮れていた学生時代、こんなことがあった。

「リズって名前の北米出身の女子留学生が体操部に入りたいって言ってるらしい」

部員の誰かがどこかで聞きつけてきた話をし出した。

体操部にはガチャピンにちょっと似ている女子部員がいたものの、ほとんど男子部員で、しかもバカばかりだった。

 

「北米ってことはたぶん白人だよな」

「リズってエリザベスの愛称なんだっけ」

「なんかかわいい気がしてきた」

「リアディゾンみたいな子が来るんじゃないか」

「柔軟運動は俺が手伝おっかな」

「黒船バンザーイ!!」

 

 

 

実際に練習にやって来たリズを見て、俺たちは全員ずっこけた。

リズは小太りで、映画チャイルドプレイのチャッキー人形によく似ていた。

押し付け合いの末にリズの練習はキャプテンが主に付き合うことになり、特に運動神経がいいわけでもなかったが、リズはたまに練習に顔を出すようになった。

 

 

ある日の練習帰り、キャプテンが深刻そうな表情でほかの部員にこう打ち明けた。

「リズが平行棒とつり輪をやりたいって言ってる」

 

体操競技は男子が6種目、女子が4種目あり、平行棒とつり輪は男子だけの種目で、平均台と段違い平行棒は女子だけの種目だ。

つまり、「リズが平行棒とつり輪をやりたい」というのは、「女子が土俵で相撲をとりたい」とか「女子が甲子園のマウンドに立ちたい」とかと同じことを意味している。

 

キャプテンは体操競技のルールなどを説明し、女子は4種目だということをもって説得にあたったが、リズは頑なにチャレンジをリクエストしてきたそうだ。

 

俺たちはいろいろ話し合った末に、以下の結論を得た。

 

・平行棒はそんなに高さもないので、腕支持くらいやらせてみればいいのでは

・つり輪はけっこう高さがあるし、落ちたら危ない。補助者の負担も大きいので、やらせられない

 

この内容を伝えられたリズは、チャッキー顔を歪めて「kill you」と言わんばかりに怒りを露わにし、それきり練習には来なくなった。

 

 

 

 

それからしばらくして、体操部には予想外の連絡がもたらされた。

それは大学の教務部みたいなところからで、「留学生が『体操部で差別に遭った』と訴えている」というものだった。

 

差別という言葉に、俺たちは全員目を丸くした。

差別というのは、白人が黒人を虐げるとか、アジア人に目を細めるポーズをとるとか、悪質な意図をもって他者と接する行為を指すものだと思っていた。

体操部としては、悪意どころか、寛容な気持ちでリズを受け入れて、その上で難しいことを難しいと伝えただけのことだった。

男子種目を女子にやらせない、というのは差別なのか。

俺たちは困惑した気持ちでいっぱいだった。

 

大学側には体操のルールや安全上の理由から、リズにつり輪をやらせなかったことを改めて説明した。大学側も「とりあえず留学生から寄せられた声を伝えただけ」という感じだったので、話はそれで終わりだった。

俺たちは「アメリカ流の訴訟社会を垣間見た」などと苦笑いしながらも、なんだか当て逃げ事故にでも遭ったような後味の悪さが残った。

 

 

 

 

 

 

あれから15年くらい経ち、いま振り返って思うのは、あのころは「なに言ってんだこいつ」としか感じなかったリズの問題意識は、実は本質的な問いだったんじゃないかということ。

 

国籍も性別も、かつてないほどボーダーフリーな時代になった。

男は男らしく、女は女らしく。かつては当たり前や美徳とされた価値観は、旧時代の象徴とさえとみなされるようになった。

中国出身で日本在住で国籍は英国。生まれは男で見た目は女で恋愛対象は女。こういう人と俺も実際に知り合ったこともある。

そういう人たちには「あなたは結局、なに人なの?」とか「つまりは男なの?女なの?」という質問をついしてしまいそうになる。

でもそれはきっと、マイノリティーの存在をなにかのくくりに閉じ込めることによって、マジョリティーが安心したいだけの行為でしかない。

 

誰も排除されない、多様性を認め合う世界。

それが理想郷なのだとすれば、当時の俺たちはリズを交えてもっと話し合うべきだったんじゃないか。

 

リズがそもそもなぜ男子の種目をやってみたかったのか、当時きちんとした理由は聞いていない気がする。単にチャレンジ精神だったのか。それともLGBTQ的ななにかだったのか。いまとなってはわからない。

 

話し合ったところで、結論は変わらなかったと思う。

運動神経の悪い初心者の小デブを小所帯の部活で面倒を見切れるはずがない。

それでも、お互いの意見をぶつけ合うということをやっておけば、多少は納得感のある決着になっていたかもしれない。

対話の先に未来がひらける、と信じていたい。

 

 

どこかの国の大統領はジェンダーフリー時代に逆行するように「性別は男女の二つだけ」と発言したそうだ。リズはこの発言をどう感じているだろう。

チャッキー顔を歪めて怒っていればいいな。

 

 

きょうもバターチキンカレーを食べながら、そんなことを思った。

 

 

「しっぽしっぽしっぽっぽ」という絵本が好きだ。

ねずみの「ぼく」のしっぽが、もしも長いしっぽだったら、あんなことやこんなことができちゃうね!という希望と優しさに満ちた一冊で、本の中にしっぽに見立てたゴム紐がついていて、ページをめくるたびにしっぽが大活躍を見せてくれる。

 

カバさんの虫歯をしっぽで抜いてあげたり、背が高くて話し相手のいないキリンさんとしっぽを糸電話みたいにしておしゃべりしたり、溺れそうなウサギさんをヘリコプターからしっぽで引っ張り上げたり。

 

長いしっぽはとっても便利だ。でも「ぼく」はふと不安を覚える。

「長いしっぽだと、いじわるねこにおいかけられたら、すぐにつかまってしまうのかな」

 

そして、最後に「ぼく」はあることに気づいて、物語は終わる。

 

 

 

地元を細々と走っていた私鉄ローカル線が廃線になるという。

俺はほとんと乗ったことがないので、廃線の報に接しても、特に感じるものはない。

 

高校時代はJRで移動した上で駅から自転車で高校に通っていて、JRの途中駅で私鉄に乗り換えをすれば、自転車など乗らなくとも目と鼻の先の最寄り駅まで行くことができたが、経済的な理由と、田舎には「乗り換え」という発想がそもそもなかったこともあり、毎朝6時に起きて、チャリ(家→駅)、電車(駅→駅)、チャリ(駅→学校)、チャリ(学校→駅)、電車(駅→駅)、チャリ(駅→家)という生活を送っていた。

 

もしも当時、私鉄に乗り換えて通学していたら。

朝、あと30分は布団でむにゃむにゃできただろうし、ダイエーの前で朝帰り風のチンピラに絡まれることもなかっただろうし、制服のセーラー服が高値で売れると言われる沿線の女子高ギャルとイチャイチャする関係になれたかもしれない。ふむ悪くない。

 

 

高校2年の終わり、バレー部の子と付き合うことになった。

彼女は駅の近くに住んでいたこともあって、俺と一緒に登下校したいようだった。

 

「きょう一緒に帰らない?(>_<)」

カメラ機能が最先端だったころの折りたたみ携帯に、こんな感じのメールが彼女からよく届いていた。

 

しかし当時の俺は思春期真っ只中すぎた。

女の子と一緒にいることが、気恥ずかしくて仕方なかった。

誰が茶化したりするわけでもないのに、彼女のことも憎からず思っていたのに、並んで歩くことをとにかく避けたかった。

 

今の俺が当時にタイムスリップできるなら、「バッキャロィ」と17歳の自分の背中にドロップキックを食らわせ、ドラゴンスープレックスで叩きつけてからのテキサスクローバーホールドという流れ技を決めてやりたい。

 

 

俺が仕方なく(!)、彼女と登下校するときはわざわざ駅や学校からちょっと離れた場所で待ち合わせて、落ち合ったら「誰にも見られなかったか?」とか彼女に聞いていたと思う。極秘任務中の忍者か。

 

そして、俺の半歩後ろを歩く彼女は「宮本先生また最近ハゲてきてない?」とか「北海道の大学さ合格したら、あっちでなにするべがね」とかたくさん話しかけてくれて、それなのに俺は生返事ばかりしていた。

 

 

斉藤和義風に言えば、もしも愛に背丈があるなら、君を見上げてしまっていた。

でも私鉄で通っていたら、たぶんそんな思い出をつくることもできなかった。

苦行のような通学は無駄じゃなかったし、きっとあれでよかったと思う。

彼女には「ほんとごめん」と「ありがと」以外の言葉が見つからないのだけど。

 

 

 

しっぽしっぽしっぽっぽのラストは、なんてことはない一言で締めくくられる。

だけど、この物語は理想を思い描く幸せと、現実を肯定する大切さを俺にいつも教えてくれる気がする。

 

 

人生はいつだって思い通りにはいかない。

そんな暮らしのなかで「こんなはずじゃなかった」と「まあ別にいいじゃん」を行ったり来たりしながら、それでも俺は生きています。

 

2人がちょっとだけ一緒に過ごしたまちにはいま、こんな素敵な歌をうたうバンドがいるんだよって、どこかのまちで薬剤師をしている彼女に届けばいい。

 

 

 

かわいい女性からの誘いなら、どんなときだって歓迎だ。

仕事中だろうが、休みの日だろうが構わない。時間をつくって駆けつけてやる。それが男の矜持というものだと俺は信じたい。

 

「Hのママが亡くなったんだって。一緒に行ける?」

それが葬式への参列だとしても。

 

 

 

母親を亡くしたHさん、メッセージをくれたTさんとは、学生のころからの友人だ。

HさんとTさんは互いの歴代彼氏をすべて把握していて、下手すると互いの貯金額も教え合っているくらいの親友。小柄なところと、しっかりしているようでたまに間抜けなところがよく似ていて、俺はそんな2人を見ているのが好きだった。

 

むかし、こんなことがあった。

俺が通っていた大学は、焼き肉でもたき火でも学内で火気を自由に使える変わった大学で、そのときも学内の広場で友人たちとジンギスカンをわいわい焼いていた。

 

そこへ留学生なのか、ラッパー風の黒人が数人、酒に酔った様子でやってきて、俺たちに英語でなにかを話しかけてきた。たしか当時、Hさんはアメリカへの留学を終えて帰ってきたばかり。私の出番よ、と言わんばかりの状況だったわけだ。

 

しかし、いまいち会話はかみ合っていないようだった。

その黒人たちはニヤニヤしながら何かを言っていて、Hさんは外国人風の両手を広げるジェスチャー付きで「What?」ばかり言っている。

 

俺の英検3級レベルのリスニングによると、その黒人はこう言っていた。

 

「Say,F**k you,nig**r」

 

 

 

いわゆる「Nワード」というやつである。

日本人の若い女性にあえて黒人への差別用語を言わせて、自虐的な笑いをとろうとしていたのか。侮辱的な言葉を投げかけていることすら理解できていない日本人の英語力をせせら笑いたかったのか。

どちらにしても、あまり趣味のいい絡み方とは思えないが、Hさんに黒人の言葉が通じることはなかった。

ラッパーたちが去った後に「何だったんだろうね」と外人のように肩をすくめる彼女に、「ニガーって言え、って言ってたんだよ。相手にしなくてよかったよ」と伝えたかは覚えていない。

 

 

そんなHさんのことはマスコット的な意味で好きだった。

そして、Tさんのことは何でかよくわかんないけど、すっごい好きだった。

 

毎日日記を書けるくらい好きだった。

ギターでラブソングをつくっちゃうくらい好きだった。

絶対できないと思ってた2回宙返りをできちゃうくらい好きだった。

この子の笑顔を守るために生きていくと誓っちゃうくらい好きだった。

 

 

 

葬儀当日。気落ちした様子のTさんと待ち合わせて、会場に入る。

気丈に振る舞うHさんは、名称がわからないけど、キヌガサダケみたいなアミアミを頭につけていた。なぜかハグしてくれた。

「不謹慎だけどよく似合ってるね」とTさんにこそっとささやくと、「ほんと不謹慎」と言ってちょっと笑ってくれた。

TさんはHさんの実家にもよく遊びにいっていて、故人とも友人のような関係だったそうだ。葬儀の間、隣に座ったTさんはずっと泣いていた。

 

 

「あれ見て帰ろ?」

葬儀後はTさんに誘われるままに、生前のHさんの母親が好きだったという、金色に染まったイチョウ並木を見上げながら夜道を歩く。

 

喪服に身を包んだアラフォーの男女。

 

なんだか大人になっちゃったね。

こうして大人になっていくのかな。

大人になんてなりたくないね。

でも俺はずっとTさんの味方だよ。

 

 

最後の言葉は夜と一緒に消えていった。