大津波被災地の復興計画では、もう津波はこりごり、安全なところに住みたいと、高台移転、防潮堤強化、従前地の建築禁止、がれきは全国的な処理が基本となりそうである。
しかし、これには巨費と長年を要する。高台が仮に立派な街になるとしても、その頃には避難生活に疲れて働く意欲を失っている住民も出るし、あるいは、職を求めたり、自宅建設の資金不足で、他に転出して、高台移転者は少数になる。
しかも、その被災地は、今は国が買収しても、100年も経てば記憶が薄れ、優良な広い平地はもったいないと、利用する動きが出る。そのころ又大津波が来て、結局は悲劇を再現し、世界の3大馬鹿公共事業の一つとされるだろう。
個人の土地を災害危険区域等として指定して建築を禁止するにはリスクが相応に高くなければならないが、毎年襲ってくる台風で崩れそうな崖の下ならともかく、何十年、何百年に一度くるかもしれない大津波対策では、リスクと比較して財産権を過度に制限して違憲であろう。
巨大な防潮堤を仮に造っても、いずれは補修し続ける資金の不足で劣化し、大津波には耐えられないだろう。海岸に避難用の5階建てのビルを造っても、建て替え時にはすでに復興増税はないので、続かないだろう。
がれき処理も、全国の自治体に依頼するのは巨費を要し、利権がらみとなる可能性がある。
こうした巨大な土木事業は阪神淡路大震災のときも行われたが、新長田再開発に見るように失敗した。
したがって、一時の感情にとらわれず、費用と時間、リスク、住民の人生の要素を入れて、本当に人間の生活を再建し、何百年でも安全になる工夫をする必要がある。
従前の平地に、どの住家からでも約10分で行けるところ(1600メートル毎)に、大津波に耐えるように菱形でそれなりの高さの築山を造るのがよい。空地や戻らない人の土地が適地である。
がれきと近くの山の土、塩分がしみこんで使えない農地を優先利用して造る。これは、高台造成と違ってすぐ完成する。1000年経っても、修繕費もほとんどかからないし、わざわざ築山を平地にして利用しようという動きも出ないから永久に安全である。10分も歩けない人には転居を勧める。
このように避難の方法を用意すれば、一石何鳥である。住民はすぐに従前の自分の土地に自宅を建てることができるので、その生活も街も戻る。高台造成やがれき処理の費用も大幅に節約できる。
これに対しては、「もう自宅が流されるのは見たくない」という被災者の反論がある。しかし、逆に命が助かるなら、従前地に住みたいという被災者も多い。しかも、何百年に一度家を失うリスクなら、その土地を有効活用するほうが経済的に得であるから、いずれ、広大な平地を放置しておくのは得策ではないという意見が多数を占めるだろう。
この案では巨費を節約できるのであるから、住民の自宅建設費については、被災者支援法の300万円の他に、1500万円位を無利子、5年後から35年間で返還(年間50万円)などの条件で融資すればみんな自宅を再建できるだろう。ローンを返せなくなった人には、そのときは免除すればよい。
商店などの営業者にも同様に格別の融資をして、街を取り戻すべきである。
高台移転は、築山プランが成り立たず、従前地は永久に利用しないと言える地域に限るべきである。
河北新報平成24年5月13日に若干文章を変えて掲載。
そして、河北新報紙の河北春秋欄(2012年5月19日)は、この私見を取り上げ、次のように評価していただいている。全文引用させていただく。
「物理学者の寺田寅彦が皮肉たっぷりにこんな意味のことを書いている。「鉄砲の音に驚いて飛び立った海猫が、いつの間にかまた寄ってくるのと本質的に同じ」」 ▲ 鳥と同列に論じられては面白くないが、く、津波が襲った地域の住民のことを寺田は言っている。初めは高い場所に移住しても、数十年のうちには、やはり低い所を求めて人口は移っていくと。
▲ では、どうしたらよいか。13日付の本紙に載った神戸市の弁護士阿部泰隆さんのプランに膝を打った。平地に築山を幾つも(どの家からも約10分で行ける程度に)造るという案だ。がれきや土砂を使う。▲ 大震災では築山で助かった例がある。仙台市若林区の海岸公園。展望台として整備した小山に、数人が駆け上がって、難を逃れた。海抜は15メートルほど。津波が来た時は周囲が海のようになったが、助かった。▲ 仙台港近くの日鉄住金建材。敷地内の大きな築山に住民や従業員100人以上が避難し、津波をやり過ごした。同社は築山避難をマニュアル化し、避難訓練をしていたそうだ。▲ 漁業者など、やはり海の近くに住みたい人は多い。地域にもよるが、築山は有力な選択肢になリそうだ。『「住民の人生の要素を考慮し、何百年も安全に暮らせるエ夫』」を阿部弁護士は訴えていた。」
詳しくは、「大津波被災地、原発避難区域のまちづくり(土地利用)について」自治研究88巻8,9号(2012年8,9月号)で論じた。
