クライストのROCK ON♪ -24ページ目

クライストのROCK ON♪

    Welcome to my Room !

自分の思い入れや思い出の曲、名曲等を洋楽中心にを紹介させて頂きます!音楽を流しながら読んで下さいね♪♪ 
※プロフィールからのペタは返しません!

       


おはよう&こんにちは&こんばんは!

今日のここ広島尾道は、真夏の天気!暑ぢぃ~~~(;一_一)
毎晩、夜更かしで寝不足がたたり、頭がボォ~ってしてます!
そう、オリンピック!!皆さん、見てますか~??
夜勤も取りやめ、毎日熱狂してます(´▽`*)アハハ
今晩の男子のサッカーも観戦するでぇ~~!
それは、わしだけじゃなくて、両親もそうなのです!
昨夜のなでしこの試合なんて、夕食後に眠り、『始まったら起してくれ!』と頼まれ、始まる寸前に起しに行くと、もうしっかりと準備万端!!
煙草を燻らしながら、『わしは、3-0で勝つと思う!』と試合開始を心待ちにしていました!
以前、ここでも書いたと思うけれど、わが家族はスポーツ一家!わしを除いて(;一_一)
特に親父は、陸上選手だった事もあり、マラソン等の走る競技が大好きなのです!
勿論、球技も大好きで、どんな試合を見てても監督化してます(´▽`*)アハハ
じゃけど、やっぱカープが大好き!!
今、彼の望む事は、カープがクライマックスシリーズへ出て、巨人をコテンパンにやっつける事です(´▽`*)アハハ
そんな親父の影響もあり小さな頃から、わしも姉貴も大のカープファンでね!
よく、市民球場へ連れていってもらい、観戦したもんです!
そんな3人を横目に、母親は殆ど興味なし!
じゃけど、そんな環境下では、そうも言っておられず、いつしか選手の名前も覚え、小さなわしとキャッチボールをしてくれた事もありました!
運動神経抜群の母親の事で、思い出した事があります!
それは、わしがまだ小学生の頃、学校から一番遠い所に住んでた事もあって、通学には徒歩で、1時間近く掛って通っていました!
そりゃもう、大変でね!平坦な道も少なくて、山道を帰るのが近道だったんだけど、その日は、友人の家に寄り、遊んでた事もあって、2車線の道路を一人帰っていました!
長く続く坂道を、遊びながら帰っていると、後ろから「プップ~~」とバイクのクラクションの音がして、振り向くと母親が50ccのカブに乗って手を振っているのです!
そのカブは、父親の物!それを、今まで乗った事がなかった母親が、親父に乗り方を教わり、乗って買い物に行った帰りだったのです!
『後ろに乗りんしゃい!』と言うけど、母のそのバイクの乗る姿があまりにも初心者って感じで『大丈夫??』って聞くと、『大丈夫じゃけぇ、早よう乗り!』と急かす様に言ったのです!
足のたわない(とどかない)けど、何とか後ろに乗ると『しっかり、捕まっとりぃよ~!』と言うと、ゆっくりふかしても、全然前に進まなかったのです!
すると何を思ったから、フルスロット!!
それでも、爆音だけで前には進まず、『あれ?壊れた?』等と、首を横に振ると、『あっ!忘れてた!』と足のギアを踏んだのです!
そう、フルスロットのまま……
案の定、ウイリー~~~!
一瞬、天と地が逆さまになり、バイクから投げ出され、わしの上に母親が落ちて来たのです!
何が何だか解らなくて、ただ痛さだけがあって泣きそうでした!
すると、母親が『大丈夫?』と言うと『あっ!バイクが!』
不思議な光景でした……
誰も乗せていないバイクが坂道を上っていたのです!
20メートルほど走り、速度を落として止まり、そして『ガチャン!』って音を立てて倒れたのです!まるでスローモーションでした!
すると母親が『見た見た??一人で走っとったねぇ~(´▽`*)アハハ』と声をあげて笑いだしたのです!
わしは、それどころじゃなくて打ち身と上に乗ってる母親の重ささで死にそうでした(´▽`*)アハハ
わしがクッション代わりで、無傷の母親は、『ごめんごめん!2人乗りはいけんちゅう事じゃね!』とわしの手を取り起し、バイクを取りに行きました!
そしてまた悲鳴が……
バックミラー破損、フェンダー破損等々、見るも無残にあちこちが壊れていたのです!
『お父ちゃんに怒られるねぇ~(;一_一)』と言いながらエンジンを掛けてみたのです!
勿論、エンジンまでは壊れてなくて、『あっ!大丈夫じゃね(*^_^*)』と安心したのか、『まぁ、見た目は悪くても、走りゃ大丈夫!』と超プラス思考な事を言いながら、『2人乗りは、いけんけぇ、クラ、歩いて帰り!』とバイクに跨り、帰って行きました!
一人残されたわしは、幼少ながら母親のバイクに乗る後ろ姿を茫然と見送ったのです!
会社から帰った親父に報告すると、家を飛び出しバイクを見に行き、帰って来ると『もう、2度とバイクには乗るな!(●`з´●)』と……
実は、そのバイク、買ったばかりでね( ´艸`)
その後、母親のバイクを乗る姿を見る事はありませんでした!
そう言えば、うちの両親の自転車に乗ってる所を見た事ないなぁ~!
まぁ、一生見る事はないでしょう??

※当時は、ノーヘルでもOK!2人乗りはどうだったか覚えてないけど、勿論現在は、どちらも×ですよ!

       なげ~の読んでくれてありがとうございます!

       

おはよう&こんにちは&こんばんは!

今日のここ広島尾道は、真夏日!猛暑でした!
梅雨が開けてから、殆ど雨が降っていなくて朝と夕方に畑にお水をあげるのが親父の仕事!
畑には、今プチトマトがぶち生ってるらしく、毎朝、真っ赤になったトマトを食べるのがわしの日課となってます(´▽`*)アハハ
この猛暑で良い事が一つ!!
それは、蚊が居ない事!!殆どって言うより、全く飛んで来ない!!
どこからともなく、部屋に入ってって来るのに今年は、あの『プゥ~~ン』って嫌な羽音を聞く事がなく、毎日爆睡です!

明日、広島は祈りと追悼の1日です…
8月6日、8時15分、広島平和記念式典では、平和の鐘が鳴らされ、参加者だけじゃなく、多くの学校や会社でも黙祷をする事でしょう…
平和公園へ来られた方は、覚えていると思いますがアーチ型の慰霊碑の中に、石で造られた石棺があるのが解りましたか?
あの中には、今まで原爆で亡くなった人の名前を記した名簿が入っているのです!
1年に1回、この原爆の日に開けられ、そしてこの1年間で亡くなられた方の名前を記帳して納めるのです…
原爆が落ちて、67年、毎年多くの被爆者がその名前を記帳されています…
今年も五千人を超える方の名前が記帳されたそうです…
そう、まだ戦争が終わっていないという事です!
親父が毎年、式典を見ながら『あの中に、わしの名前も入るんじゃな』と…
まだ、多くの方が原爆の影響で苦しんでいるという証明でもあります!

この平和公園には、多くの慰霊碑があります!
その中に、「原爆の子の像」という原爆によって亡くなった「佐々木貞子」さんをモデルにした慰霊碑があります!
きっと、平和公園を訪れた人の多くは、この像を見かけ、そして手を合せたと思います…
この「佐々木貞子」さんの話は、日本中の多くの学校で語られた事と思います!
そう、彼女を語る時に、切っても切り離せないのが「折り鶴」の話……
何となく覚えている人もいるんじゃないかな?
出来れば、Wikipediaの『佐々木貞子』を読んでみて下さい!
わしが最初に、この女性の話を聞いたのは、中学生の頃だったと思います!
登校日の平和授業で、先生が語ってくれた様に覚えています!
それまで、何度も平和公園を訪れ、その慰霊碑も見ていたと思うのだけど、その後そこを訪れ、多くの折り鶴を見ると以前とは違う感情が芽生えた事を覚えています…
戦争や原爆を知らないわしにとっては、過去の事であって、幼少だった事もあり、原爆の影響や恐ろしさが、さほど伝わって来た様には思えませんでした!
やはり、ある程度の歳を重ねないと解らない事だったんだと、今は感じます!
ある日、何気に入った古本屋で、小学生になったばっかりの甥っ子に本を買ってやろうと思い、探していると、目に入ってきたのがある絵本でした!
手に取り、読んでいると涙が溢れそうになって……
買って帰り、甥っ子にプレゼントをしたのだけど、甥っ子の反応は、「もう、絵本なんて読む歳じゃないよ!」というものでね!
それでも、「まぁ、それでも読んでみんしゃい!」と渡すと「ありがとう!」と言ってくれました!
後々、姉貴に聞いたのだけど、甥っ子は、生まれて初めて本を読みながら涙してたそうです!
言葉や難しい文字で伝わらなくても、小さな子供達にも伝わる事が出来るのだと思いました!
多くの貞子さんのエピソードの絵本が出ています!
機会があれば、是非、子供達に読ませてあげてみて下さい!
何か、感じるものがあると思います!

明日は、広島平和式典!
出来る事なら、8時15分、黙とうをお願いします…

       なげ~の読んでくれてありがとうございます


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おはよう&こんにちは&こんばんは!

今日のここ広島尾道は、青い空が広がり、真夏の太陽が容赦なく降り注いでいます!
8月に入り、ここ広島では、8月6日の原爆の日が近づき、連日ローカルニュースでは、平和、原爆、放射能についてのニュースが報道されています!
きっと、被爆地長崎でも同じではないのでしょうか?
ただ、残念なのは被爆国日本で、この2県だけが原爆についての報道をしている事です…
広島では、1年を通して原爆関連の報道をしています!
それは、被爆者の方々の事、核実験等の事、放射能等の事、そして原爆を「伝承」する事!

戦後、多くの被爆者の方が放射能に苦しみながら亡くなっていきました!
被爆体験をされた方々の多くは、この世を去り、今、その伝承者の育成に力を入れています!
戦争も原爆も経験の無い、我々にその体験を未経験の若者達が伝えて行こうとゆう試みです!
ある意味、わしもその中の一人……
父親が被爆者であり、小さな頃から原爆の恐ろしさを伝え聞き、少しでもそれを役に立てれば良いかなって思っています!

15歳になった父は、汽車に乗り広島(広島市内)へ働きに出る事になりました!
末っ子で、姉2人、そして兄2人の5人兄姉!
長男の兄は、戦場へ行き、姉2人は女学校に通っていました!
父の夢は、軍隊に入り零戦に乗る事が夢だったそうです!
身長が足らなかった事で、その夢は破れ、貧しい事もあり学校にもろくに行けず、広島の工場へ働きに出る事になったそうです!
まだ15歳……もう何十年も昔の事なんだけど、今でも時々父は思い出した様に言います…
『尾道を発つ駅で、お母さんが手渡してくれた巻き寿司が一番美味しかった…』
それを、涙を流しながら電車の中で食べたそうです……
そして8月6日……
原爆投下地点から4キロ離れていた工場内で働いていたそうです!
その工場は、迫撃砲の弾を製造していたと……
その瞬間の事は、覚えていないそうです……
ただ、工場の建物自体はしっかりした作りだったそうで、屋根は残っていたとまでしか教えてくれませんでした!
そして、外に出た時の周りの光景は、言葉では伝える事が出来ない惨事だったと……
あの去年の、『大震災のあの光景そのものだった…』
工場内に居た事もあって、外傷はなく15歳の父は、何があったのかを悟るまでに少し時間が掛ったそうです!
ただ、その光景を目にした事で、ただならぬ事が起きた事だけは、理解出来たそうです!
後日、尾道へ帰る様にと言われ、一緒に働いていた3人とで歩いて尾道へ向かったそうです!
その時に、渡された物……マスクだけだったそうです!
東へ向かい、汽車に乗る事も出来ず、瓦礫となった市内を歩いている時、目を反らす光景が視界に容赦なく飛び込んで来たそうです……
人とは思えない黒焦げになった死体、全身が火傷でただれ動けなくなった人、表現の仕様のない惨事がそこにはあったそうです…
中でも酷かったのが、墓石に覆いかぶさり、その顔の肌がただれ落ち、墓石にひっついていたその光景は、目に焼き付いているそうです……
歩く事数時間、西条の手前まで来た時、お腹を空かせて休んでいると、農家の30代の女性が声を掛けて来てくれ、父達におにぎりと数枚の沢庵をくれたそうです!
その優しさと、今まで見て来た光景を思い出すと自然と涙が出て来たそうです……
お腹は空いてるけど、食欲はない…ただ、生きて尾道へ帰りたい!とその思いだけで、そのおにぎりを食べたって……
運良く、父達は西条から汽車に乗れたそうです!
そして、ここからが父の悪夢だったそうです……
尾道へ帰ってから、3日後、再度広島へ来る様にと伝達があり向かったそうです!
そして、その仕事は……
太田川の河川敷で、死体を焼く仕事だったそうです……
腕を掴むと、ずるっと剥け、異臭が漂い、山積みになった黒焦げの死体にガソリンを掛け焼く仕事だったのです……
その光景は、言葉では言い表せないと言ってました……
今でも、夢を見るそうです……
生きる為にした行為だけど、今でも心苦しいって……
15歳です!まだ、子供です!
そんな父は、その時の事を殆ど、語ることはありませんでした!
それは、言葉で言い表し、伝える事の出来ない出来事……
それくらい、酷い惨事だったのだと思います!
ただ、時を重ね、ここ数年、少しずつ語ってくれる事があります!
それは、わしと姉が被爆2世になっている事もあると思います…
そして、甥っ子は、3世となる事……
今、我が家族には、原爆による影響は、殆ど無い様に感じています…
それは、身体的な事であるけど、父にはトラウマとなって今も心に傷を負っている様に感じます…
戦争によって日本中の人々が、何かしらの傷を負ったのも事実!
それは、原爆だけじゃなくて、戦争そのものによって多くの人々が亡くなっていきました…
その戦争被害者の人達の戦後の頑張りによって、今の日本がある事を忘れてはいけません!
8月6日…ここ広島では、多くの殆どの学校が登校日になっていると思います!
それは、平和学習の為!原爆の怖さを伝承する為!
わしが、幼稚園の頃から8月6日は、登校日でした!
それが、当り前!日本中全ての学校が同じなんだと思っていたのだけど…違っていました…
驚きであり、とても残念で、今の教育の現場の指導者に、怒りさえ覚えた程です!
それは、政府の「喉もと過ぎれば…」って事ではないのかと思う事もありました!
震災により、放射能の被害の恐ろしさを、多くの人が知ったと思います!
ただ、事実を誤認している人も多くいるのも事実です!
「放射能がうつる」とか……大の大人が言ってる事です!
それは、原爆の恐ろしさ放射能の恐ろしさを、今まで教育の中で教わる機会が無かったからだと思います…
だから、今、平和の祭典オリンピックが開催されている時にこそ、原爆、戦争がこの世に必要の無い事を学習する必要があるのではないかと感じています!

『伝承者』……その時あった事実を伝える事は、簡単な事!それより、父や被爆者の方々の原爆によって起きた事や原爆や平和についての思い、感じた事を少しでも伝える事が出来ればって思います!
8月6日が近づき、少しでも多くの方に、67年前の惨事を気に掛けてもらえればと思います!

       なげ~の読んでくれてありがとうござます