ブログネタ:好きな歴史上の有名人は? 参加中おはよう&こんにちわ&こんばんわ!
今日のここ広島尾道は、気温20℃!めちゃ暖かな1日でした!
じゃけど、寝冷えで風邪をぶり返したのか、体調は今一!昼食後に薬を飲んだせいか、電話をしてるのに、ついウトウトしてしまい、『クラさ~ん!』って呼ばれ『はい!』って夢か現実か、寝ぼけてしまいました(´▽`*)アハハ
それでも今日は、1日中睡魔との闘いで、仕事もおろそかになり、早々と切りあげてしまいました(;一_一)
だから、ブログも簡単にブログネタ更新??( ´艸`)
彼女さんとは、電話の中で色んな話をします!
それは、家庭の事から政治、経済、文学等々……とにかく話題には尽きる事がありません!
お互いの知らない事や苦手な事、好きな事嫌いな事、ほぼ全て知り合っていると思うなかで、彼女の苦手な事……歴史!苦手というより興味がない!(´▽`*)アハハ
だから、なるべくその話題には触れないのだけど、そんな会話の中で、映画の話がでました!
彼女さんの好きな映画の中に『シンドラーのリスト』があります!
皆さん、知ってます?ナチスドイツのユダヤ人迫害、虐殺から1100人以上も命を救った、ドイツの実業家『オスカー・シンドラー』の映画です!
俺も、この映画は好きで、その映画の影響で、第2次世界大戦等、関係するものは色々と読み漁りました!
そんな時、知り得たのが今日紹介する『杉原千畝』この人です!

きっと知らない人が殆どじゃないかな??知ってた人は、偉い!!一生この名前を覚えてて欲しいものです!日本人として自慢できる人です!
彼、杉原千畝は、オスカー・シンドラーと同じく、ユダヤ人迫害から何千人もの命を救った人です!
外交官時代に、この最悪な迫害の地に派遣されていて、三国同盟(日本・イタリア・ドイツ)の協定があるにも関わらず、オーランド等から逃げて来たユダヤ人の人々にビザを発行して、国外への脱出を手助けした、名も知れない外交管です!
そのビザは、『命のビザ』と呼ばれ、シンドラーよりも多くのユダヤ人を救ったのです!
外務省の命令を無視して、ビザを発行し、ドイツを離れる時、駅にまでビザを求める人が押し掛け、電車の窓から乗り出してまで、一人でも多くの人の命を救おうと、ペンを走らせていたそうです!
wikipediaの中にも、こう書いてあります!
『ソ連政府や本国から再三の退去命令を受けながら一カ月余寝る間も惜しんでビザを書き続けた千畝は、本省からのベルリンヘの移動命令が無視できなくなると、領事館内すべての重要書類を焼却し、家族と共に今日まで残る老舗ホテル「メトロポリス」に移った。杉原は領事印を荷物に梱包してしまったため、ホテル内で仮通行書を発行した。そして9月5日、ベルリンへ旅立つ車上の人になっても、杉原は車窓から手渡しされたビザを書き続けた。その間発行されたビザの枚数は、番号が付され記録されているものだけでも2,139枚にのぼった。汽車が走り出し、もうビザを書くことができなくなって、 「許して下さい、私にはもう書けない。みなさんのご無事を祈っています」と千畝が頭を下げると、「スギハァラ。私たちはあなたを忘れません。もう一度あなたにお会いしますよ」という叫び声があがった。そして、「列車と並んで泣きながら走っている人」が、千畝たちの「姿が見えなくなるまで何度も叫び続けて」いた』
『杉原千畝』は、決してこの日本では有名人ではありません!
しかし、彼の命のビザによって生きながらえたユダヤ人の人の命の繋がりは現在も彼の事を、言い伝えているそうです!
現在では、資料館もでき、TVの番組でも放送されて、多少なりとも名が通る様になったけど、もっと沢山の人に、子供達にも知って貰いたい人です!
上記に書いた様に、戦後、その命を救われたユダヤ人の人や子供達や孫達が彼の家族を訪れてお礼を言ったそうです!
坂本龍馬や西郷隆盛、大久保利通等々、好きな歴史上の有名人は、沢山います!
じゃけど、日本人として誇らしく思える人、自慢できる人って言ったらこの人!!
わしの好きな歴史上の有名人は『杉原千畝』です!
って、有名人か?(;一_一)
『杉原千畝』
『シンドラーのリスト』
なげ~の読んでくれてありがとうございます

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