少しずつ落ち着きを取り戻してきました。

計画停電や物資の不足など、まだまだ日常では考えられなかった事が続いていますが、
慣れというか、なんとかなるさという開き直りもあり、先週よりは落ち着いて生活でき
ています。

引越しの日取りも決まり、あとは粛々と準備を進めるだけです。これが面倒くさくて
なかなか進まないのだけれど。

息子くんも「魔の2歳児」の頃に比べたら、ずいぶん扱いやすくなったものです。早く
寝て、早く起きるようになってきたし、言葉も増えて(下品な言葉を連発していますが)
まさに「かわいい盛り」です。

嫁さんのお腹も徐々に大きくなってきています。最近ではお腹に手のひらを重ねると、
ピクピクと動く赤ちゃんの存在を感じることができます。

私自身はというと、この非常時にも関わらず未だ物欲は健在ですが、大きく生活が変わ
ろうとしているなか、来るべき困難を想像しつつ、それに対処できるよう心構えをして
いるというところでしょうか。もう地元に帰ると決めた以上、心の葛藤はありませんが、
これからの生活に結構な困難が待ち受けていると思われ、それを思うと、念願だった地元
での生活も心から喜べないのです。それと同じくらい楽しい事も待っていると思うのですが。

まあ何にしても、これから少しずつ忙しくなっていくことでしょう。引越しの準備や東京
での友(佐世保の奴らばかりですが)との別れや、仕事の引き継ぎなど。残りの東京での日々
に未練は一切ないけど、実際に旅立つ日がきたら、ちょっとは感慨深くなる事でしょう。私
はもとより、嫁さんにいたってはもっと。3人での生活に一旦ピリオド。そして新しい生活
のスタート。


大地震が起こったときは職場に居ました。あの時はまさかここまで事がおおきくなるとは
思ってもみませんでしたが。

ビルの26階にいたので、ものすごく揺れました。自身も立っていられないほどでしたし、
PCなんかも倒れたりしました。これほどの揺れを経験するのは初めてで、正直テンション
が若干あがりました。なんか退屈な日常に訪れたレクリエーション的な感覚で。

でもその後TVを見て、笑い事では済まない地震だったことに気付きました。映像で見た
のは東北のどこかの地方が津波に襲われている映像。家や車が簡単にさらわれていく映像に
驚愕しました。ビルの窓から外を見てみると真っ黒い煙が上がっています。TVを見ると
お台場の辺りで火災が発生しているとの事。それでもまだ、私も含めて職場の人たちの
テンションは高めでした。

首都圏の電車は軒並み全線ストップ。息子くんをお迎えに行かなければならなかったので
行けるとこまで歩いて帰ることにしました。初台から代々木上原まで歩いて一度小田急の
状況を確認しましたが、新しい情報なし。そのまま小田急沿いを歩く決心をしました。道
沿いは電車に乗れない人が列を成していました。なんかシュールな光景でしたね。結局、
向ヶ丘遊園まで4時間弱。革靴で歩いたため、途中で足が痛くなるのを我慢しつつ、実は
歩いているより走った方が足が痛くないのに気付いて、途中途中で走りを混ぜたり。折れ
そうになる心と闘いながら歩きました。結局21時頃に保育園についたのですが、そこで
息子くんの眠そうな顔を見たときは、さすがにホッとしましたね。嫁さんは職場が遠くて
帰れなかったため、新宿で一夜を過ごして朝方帰ってきました。

で、物資不足。

私たちは翌朝いちでスーパーに行きました。非常時だと認識したため、なんとなく食料だけ
は早めに確保した方が良さそうな気がしたのです。いつもは午後過ぎにしか買い物には行き
ませんが、今思うとこの判断は懸命でした。ちょうどお米が切れそうでしたので、お米を
買い、その他諸々主に食料品を購入しました。通常よりも少し多いくらいで買い占めはして
ませんよ。いつもと違うのは水を買ったことくらいです。この時はまだスーパーにも豊富に
品物が並んでたのですが。今のところ、まだ非常に困ったことにはなっていませんが、何件
もコンビニをはしごしたり、朝早めに買い物に出ないと必要なものが買えなかったりという
状況ですね。

で、計画停電。

今のところ我が家はまだ停電していません。情報によると第4グループに属しているらしい
のですが、第4グループが停電の時間帯になっても落ちません。最初は停電に備えて大慌て
していたのですが、もうその必要はなくなりました。もっとも3月末から計画停電のグループ
が細分化されるようで、そうなると家もどうなるか分かったものではないですが。ほんと
電力不足は大問題ですね。

で、電力不足に伴う電車事情。

もうワタクシ、一度職場から家まで歩いた事がトラウマになってます。電車止まったらどう
しようと考えると気が気でないです。小田急線は通常の7割くらいの運行になっているので
通勤時間帯はとても混雑しているし、遅れるし。こんな状況だと嫁さんのお腹が心配です。

で、被災者支援。

家も財産を全て無くして、寒空に身ひとつで投げ出された方々の気持ちは想像を絶します。
今も大きな余震が続き、原発も予断を許さない状況の中で生活をされる方々の気持ちを
考えると、私も何か彼らのためにできる事をやらなければと思わされました。ただ私は
募金が嫌いです。信用していません。同じアパートのおばさんに東北出身の方がいて、
やはり津波で親類を亡くされたそうです。なので、そのおばさんにお金を包む事にしました。
残された親戚の方がまだいるそうなので、その方々に必要な物資を届けるときの足しに
してもらうようにひと言添えました。募金は本当に嫌いなのですが、信頼の置ける人を
探して、その人にお金を託そうと思います。今、私が出来る事はこれくらいです。

もう私がこちらにいる間に平常が戻ってくることはないでしょう。今は非日常なので、
やっぱり何だかんだで生活するだけで、何となく疲れます。普通に席に座っていても、
何となく揺れてる気がするし、規模は小さいですが、余震も続いています。願わくば、
このまま何も起こらないうちに東京を離れられますように。。。




いわゆる「民藝」の器を初めて買ったのはFENNICAでした。たまたま書店で「FENNICA STYLE
BOOK」を目にして「これは良いな」と。BEAMSがそういう提案をしているなんて初めて知った
ので、すぐに新宿のBEAMS JAPANに足を運びました。小鹿田焼の飛鉋の湯呑みでデビュー
しました。

「FENNICA STYLE BOOK」でも沖縄が全面に出ていましたが、最初私はやちむんにはとても
抵抗がありました。実際に見てあまりモダンさを感じなかった。ところが今は立派にやちむん
ファンになってしまいました。どういう心境の変化があったのか分かりませんが、まあ何に
しても「やちむん」の良さが分かるようになったという事です。やちむんを評してよく
「おおらか」という事が言われますが、土の質感にしても絵付けにしてもプリミティブで
健康的、使っていて楽しくなりますよね。逆に同じFENNICAでも取り扱いがある柳宗理先生
ディレクションの出西窯の商品なんかは、最近の私にとっては洗練されすぎている感があり
あまり魅力を感じなくなりました。とは言え、FENNICAの店員さんとお話ししていると、
FENNICAに並んでいる商品については、ある程度バイヤーのお二人のディレクションが入って
いるようで、例えば「同じデザインでもう少しサイズを小さく」とか「このような絵付けで」
等の注文をしているようです。「民藝」の商品については、その辺の関わり具合、コミット
の度合いが非常に重要になってくると思います。

昨日、FENNICAのご担当の方からやちむんのまとまった入荷があった旨連絡があり足を運び
ました。結構な量があり、山田真萬先生の作品も多数入荷してました。やっぱりお値段は
張りますが、真萬さんの作品はとても素敵です。絵付けがとても繊細で良いです。やちむん
の「おおらかさ」と良い意味での作家の仕事が同居していて、物に存在感があります。私
のお小遣いでは買えないのですが、久々にこれは本当に欲しいなと、ふつふつと物欲が沸き
上がってきました。あ~欲しい。。。

結局、リーズナブルな北窯と田村窯の作品を買うことに。最初は蓋物と湯呑みが買えれば
良いかなと思っていたのですが、魅力的な平皿があり合わせて2枚購入してしまいました。

ギザギザの柄はFENNICAのディレクションによる意匠です。

理性と物欲の狭間で。

こちらはやちむんではよく見られる点描。田村窯のものです。いずれも輪なしを購入。


理性と物欲の狭間で。

蓋物はギザギザ柄。実用するというよりかはインテリアに使用するつもりです。飴ちゃん でも入れようかな。


理性と物欲の狭間で。

湯呑みはやちむんにあまり気に入った物がなく、小鹿田焼の刷毛目を購入。元々、焼酎を 飲むための湯呑みを探しており、こちらは少々小さいのですが、薄いグリーンと飴色の釉薬 と刷毛目の美しさが気に入って購入。ただ、やっぱりもう少し大きめの焼酎を飲むようの カップを探してみようかと思います。

あ~それにしても、山田真萬先生の作品が欲しい~。