Landscape Products 主催のNIC WEBB ウッドスプーン制作のワークショップに参加してき
ました。

これまでは物を買う事にしか興味がなかった私ですが、少しずつ自分の手を動かして自分
で物を作ってみたいなという気持ちが芽生えていた頃で、このイベントの告知があった時
迷わず参加を決めました。黙々と自分の手を動かしてモノづくりをする事が一種のセラピー
にもなるんじゃなかと漠然と考えていた事も参加の動機のひとつです。

この手のワークショップには初めて参加しましたが、本当に心から楽しむことができまし
た。NICのお人柄やランドスケープとタスヤードのスタッフの見事な心からのもてなしの
お陰だと思います。

天候も良く気持ちの良い朝でした。参加者が揃うとまずは「BE A GOOD NEIGHBOR」のコーヒー
が振舞われました。いや、こういう心遣いが本当に素晴らしいですね。そして今回のスプーン
制作の手順の説明がありました。私は夫婦子連れで参加したのですが、この辺で息子くん
がぐずりだして、私は息子くんを連れてこの場を離れました。他の参加者の迷惑にもなり
ますし。。。これが後々の悲劇の引き金になりました。。。

スプーンは全て手作業で行われます。丸太から切り出された木材にオノを入れて大枠を
造り、ナイフで型を削り出し、彫刻刀でスプーンのくぼみを掘り、最後に紙やすりで型を
整えてオイルフィニッシュです。

全ての制作過程において、NICが丁寧に説明をしてくれるし、手伝ってもくれるので、
間違いが起こるはずはなかったのですが。。。

結論から言うと、私の作品はとてもスプーンと呼べる代物にはならず。まあよく言って
しゃもじです。。。ぐずる息子くんのご機嫌を取るため、度々席を外しましたし、全体
の制作工程を理解しないまま、なかなか集中出来ない環境でやってましたし。。。と、
まあ言い訳はこの辺にして。私は本当にこういう事をやらせると不器用というか下手くそ
なんですよね。まあ初めての経験だし、これも私の個性という事で。他の参加者の皆様は
それは素敵な作品に仕上がってましたよ。


gianlucaのブログ
赤丸が私の作品です。。。 結局とても黙々と作業をできるような環境ではありませんでしたが、こうやってモノ造り に参加してみることが、自分の表現力を磨くこと、自分の表現手段を見つけることに繋がる かも知れないし、恐らくセラピーにもなるし、何より新しい経験をする事は楽しいですよ ね。 ワークショップ終了後、他の参加者の皆様はNICの展示が行われている桃林堂にNICと一緒 に行っていましたが、私たち夫婦は子供が眠くてグズっていたため、そのまま帰りました。 NICの展示見てみたかったです。NICの人柄が本当に素晴らしかったし、少しだけ持って 来ていた作品もとても美しかったです。職人って本当にすごい。 何か今日は自分でも何が書きたいのか明確でなく、文章がまとまらないので、この辺に しときます。。。
息子くんの電車好きは相変わらずで、どこにも行く予定がないのに、電車に乗りたがる
のは、とても困ります。。。

家でプラレールで遊ぶときに、実際に電車に乗った時に聞いたアナウンスを真似して遊ん
でいるのですが、「黄色い線の内側までお下がりください」とか「次は新宿です」とか。
そして極めつけにかわいいのが「ドアがキラキラしまーす」。どうも「ドアが開きます」
の事らしい。かわいすぎる。


最近ブログにもよく書いていますが、日本人の非寛容さがやたらと目についてしまい、嫌
な気持ちになる事が多いんですよね。

一番顕著にそれが見えるのが、最近やたらとコロコロ変わる日本の総理大臣へのマスコミ
に代表されるような態度。麻生首相の頃から目につき始めたのですが、漢字を読み間違え
たくらいで首相失格というような論調でしたよね。最近の首相は大変だなと思います。
難問は山積みでちょっと失言でもしようものなら、ボロクソに叩かれる。。。

この手の非寛容さって、やっぱり時代的な背景等いろいろ考慮されるべき事はあるのでし
ょうが、何で最近こういう事を敏感に私が感じるようになっているかを考えると、即ち私
がそうなって(非寛容に)しまっているからかなと。

自分自身が他人に迷惑をかけないようにできるだけ誠実に生きるという事に非常に重きを
置いているためというのもあるのかと思いますが、私が子供の頃にあまりにも思いのまま
に環境をコントロールしていたため、そういった環境に対する認知を成長に伴って再構築
できずに、少しでもコントロール出来ない事が出てくると敏感にイライラしてしまうの
かも知れません。理由はよく分かりませんが、いずれにしてもよくない傾向なので改めな
ければと思います。

例えば、私はいつも嫁さんに小言を言うのですが「つけっぱ、あけっぱ、だしっぱ」が
結構得意です。私も注意するのは3回に1回にしようと心がけていますが、そもそもそんな
に必要以上にイライラしなければならない事なのと。社会に出てみると、マナーの悪い人
に異常にイライラしてしまいます。我が物顔で歩きタバコをする人、中には自転車に乗り
ながらタバコを吸っている人。電車内でマナーの悪い人など。そこまで目くじら立てなく
てもというくらい、異常に反応してしまう自分に気づいたりします。

こういう人たちに共通して言える事は「悪気はない」という事なんですよね。悪気はない
という人たちに目くじら立てる必要はないですよね。マナー悪いですよと注意したくなり
ますけども、少なくとも「悪気はないんだから」と見て見ぬふりくらいはできると思います。
逆にそれができないと、つらい。また私が誠実であとうとするレベルを他人にまで求める
のは筋違いですよね。

また、ちょっと想像力を使わなければならない話なのかも知れません。私は他人のある
一面を見て非寛容な態度を取ってしまいますが、また別の一面を想像すると、それはそう
ならざるを得ないその人なりの理由があるのかも知れない。それが正しい理由かそうで
ないかは置いといても。その程度想像するくらいの心的余裕が欲しいですよね。まあ、
こう書いてきて気付きましたけど、要はどこかで満たされていない自分がいるのでしょう
ね。私がこれから展開しようとしていた話とは少しずれてしまいますが。それは追々私が
自分をうまく表現できるようになってきたら解消される問題でしょう。今は色々な意味で
自分自身成長(変容)しなければならない局面にきているのだと思います。

とにかく世界の本質というのは「理不尽さ」です。いくら自分が誠実に振る舞おうと努力
しても、世界は必ずしもそれには応えてくれないのです。理屈では分かっていても、感情
としてそれをまだ受け入れられない自分がいます。その辺の世界に関する認知の再構築は
私がこれから成長する上で、もっと言えば生活する上で必須となってくるでしょう。どう
すれば良いのでしょうか。

満たされない自分については、本当に自分のやりたい事を表現できるようになった時に
解消されるでしょう。それについては少しずつ取り組んでいるので根気よく続けましょう。