先日父方の祖母が亡くなりまして、ここ数日ばったんばったんしておりますた。
81歳、もともと体は元気な方で洗濯なんぞも自分でしてたのですが、左足の小指付近にヒビ程度の骨折、医者は動いていたほうがいいと家に返したのですが、しばらく後に当人が痛がるので様子見の入院、という形だったのですよ。
その後数日で歩けなくなり、さらに数日で通常の食事が取れなくなり、ペーストから鼻中へ。
一気に痴呆が進んだのか、会話が成立しない、どころか私がいるのを認識しない始末。
さんざん嫌がらせかましていた母のことは判るようで、そんでまた母も介護職なので足繁く通って世話を焼いていたのですが、世話を焼いてやれる母を「泣いて離婚を考えるほど追い詰められたこともあるのにこのひとすごい」と思う反面、「都合良く忘れて縋ってきやがって」と祖母に対して苛立ったもんです。
9日の20時頃に「亡くなった」という知らせを受けて病院へ向かったところ、しないように頼んだはずの蘇生と人工呼吸器の装着が何故かなされており、心拍はありました。
父は赴任先から戻り、父の姉と旦那さんも来てくれて、「来た時には亡くなっていた」でないだけもしかしたら良かったのかもしれませんが。
結局10日になったあたりで再度心停止し、0:40に臨終となりました。
言い方はアレですが、あのままズルズル生きているとも言えないような状態が続いたり、痴呆で深夜に脱走・徘徊するような生活が続かなかっただけよかった、と思ってますな。
そこから4時頃まで葬儀屋さんとの打ち合わせ。やや放心してしまった父のかわりに同席して必要な手続きから式の流れからを聞き、親族関係等への連絡は母に任せ、夜勤の弟にも連絡、書類の確認。
5時頃にやっと床に着くも、ろくに寝ないまま通夜、告別式、お寺参り、納骨まで、その後数日突っ走った感。
とりあえず父には「喪主として最後まできちんと人前に立ってろ!それ以外は母と俺と弟に任せろ!」と怒鳴りつけて裏方奔走。むしろ気が楽だったですわ・・・
葬儀の日は別働隊としてや雑務で特に走り倒してたので、夜にはgdgdもいいとこでしたが。
走れるパンプス買っといてよかった。着物なんぞ着なくてよかった!
あんな腹減った葬儀は初めてだよ!
でもなんかGI時代の裏方の感覚思い出して、やりきった感が良かったw
・・・で、睡眠不足が祟って熱出して今に至るです。
母は元気に仕事です。タフ・・・(´д`)
正直、ウチの家族にとっては良い祖母とは言えませんでした。
私自身や彼氏に難癖つけられたこともありますし。
亡くなった今でこそ恨めしい気持ちは消えましたが、それ以上の感情は微塵もありません。
人でなしで結構です。
ああはなりたくない。あんな老い方と、あんな人への接し方とか、あんな生き方はしたくねえ。
反面教師としてと、数十年後にあるであろう両親の際に困らないだけの経験を今回させてもらえたことには感謝しています。
あと、結婚したいとこの旦那さんは嫁の実家の葬儀でスマホで麻雀やってるようなろくでなしだとわかったことも(´A` )。
その新妻いとこはお茶も入れられないお姫様で、弟の方も一緒にゲームやってる始末。
父方のいとことは年が近いので(どちらも年上ですが)、今後の付き合いが大いに考えられるのですなぁ・・・(´・ω・)
49日?お菓子食べてるだけならもういっそ来ないで?
まだなにひとつ片付いていません。
父にとっては実の母親ですので、気持ちはわかります。悲しむなとは言わん。
ただ、私や母にはまだ雑務がもっそり残っていて、上記の理由を差し引いても「いや、悲しんでる場合じゃねえよ!」という感じ。
線路に飛び込まなくたって、人一人亡くなるってことは大変なことなんだなと身に染みましたです。
通帳や重要書類はまとめておく、ないしどこに何があるか家族がわかるようにしておくこと。
今回祖母は「預金通帳をなくす→再発行→出てくる(使えなくなってる)→またなくして再発行」を繰り返してたらしく、また重要書類と雑誌の切り抜きが一緒くたになってたりしてるのでそのへんもとかく大変です。
祖父は存命なので(歩けないので施設に居ますが元気です)そちらの年金や借金や保険なんかのからみもまだあって。
これはエンディングノートが流行る訳です。
老衰だけで死ぬわけじゃなし、身辺整理はいまからでもきちんとしとくべきかと。
あとやっぱり老人って足腰傷めると一気に弱りますね・・・気をつけたげてください、是非。